10_再会
2025.9.28 改稿しました。
城門を越えてもなお、ルナとマリは他愛のない話をしていると、洋風の大きな館が見えてくる。和風の屋敷が左右に建ち並ぶ中で、異質な館の前で馬車が立ち止まる。ようやく、相手の女性が指定した酒場に到着したようだった。
カゲトは降りてすぐ酒場の戸を開き、その中に入ると、フロアに通る声で彼女を呼び出した。
「リカ、居らんか?」
その声は奥にいた女性の元にもすぐに届き、カゲトへ軽く苦言を呈してくる。
「……カゲト、貴方の荒っぽいのはどうやら、元帥府に昇っても変わらないようで。市中での態度があんまりにも不味いとなれば、上の評価に響くわよ? もう、これ以上の出世は望めなくなるんじゃない?」
「俺の出世のことは、辞めた君にはもう関係ないだろう。それに、こればかりは俺の性分だ。どうも何もない」
「そもそも、どういう風の吹き回し? わざわざ貴方が直接話したいからって、寄越してくるなんて。
……えっ!?」
カゲトの後ろにいたルナの存在に気が付き、目の前の女性は思わず絶句してしまう。
その一方で、ルナも声を上げた女性の顔と姿に気付いていたからか、声は上げずとも涙が出そうになっているのか、声を出せなくなる。
「先生、ですよね……?」
「ルナ……だよね? その顔は……でも、どうして……」
「……やはり、知り合いだったのか」
「ルナは、昔の……”向こう”に居た時の、私の教え子です。でも、どうしてなの?
あれだけ、ダメだと言ったのに……」
「っ、それは……」
自分が何故ここにいるか、その原因をどう伝えていいものかと、ルナは悩んでしまう。相手の女性は、その原因を何となくだが察知していた。ルナは自分がこの世界に来た理由を彼女へ伝えようとする、その前にカゲトが話題を遮る。
「……久々の再会だろうし、色々と積もる話もあるだろうが、奥に通してくれないだろうか? ここでずっと喋るのもお互いしんどいだろう」
「……ええ、準備中の連中の邪魔さえしなければ、大丈夫よ」
そう言うと、彼女が先導して、三人は店内の一室へと向かう。
******
「改めまして、今はこの酒場でオーナーをやっている、Rica・Ann=Riese・Eineです。
元々の名前は司宮理華……まあ、この場の三人は知ってることだけど」
やはり、予想していたとおり、彼女は私の先生をしていた、理華先生だった。
最初、聞き慣れない名前になっていたのは何故なのだろう。この世界に来てから、名前……というか名字を改めていたのは、何か理由があるのだろうか。
それよりも、どこか先生が上機嫌そうに見えるのが気になっていた。
「……なんか、先生にしては妙に上機嫌というか、今までに見たことない表情です」
「そう?」
私とマリさんに向けて聞かれたのだろうが、マリさんははっきりと言い切る。
「普段よりはテンションが高くなっているように、私も見えますよ。まあ、理由は、何となく分からないことはありませんが。
師匠は時々、こういうことがあるんですよ。……ルナには、あんまりなかったの?」
「……私には、あんまり。多分、他の子には見せてた、かも、だけど」
「仕方ないじゃない、今は。……良くも悪くも、今までの全ての教え子の中で、一番苦労した子だもん。
丁度十個か……年の差が。初めてで、一番苦労した子。それが、お互い色々あった上で、結果的にだけど、こうして再会できてるんだもん」
そう言う先生の声色は上機嫌ながらも、どこか憂いを帯びていた。
「……一応、ルナも自己紹介したら?」
私は先生に自己紹介を促されるが、どうしても嫌だと、目線で軽く抗議をしていた。
だが、先生はそれを知らないと言わんばかりに目線を私の方から逸らす。味方はもうここにはいないと諦めた私は、嫌々ながらも自己紹介を始めた。
「……私は、ルナ。二人にはまだ言ってなかったけど、元々の名前も、一応、思い出した。
……小坂瑠奈。今まで言えなくてごめんなさい」
自己紹介を終えた私の言葉を取って、先生は茶化してくる。
「何よ、ルナ。今まで記憶喪失のフリでもしてたのかい?」
「だって……別に、私自身、名字が好きだったわけじゃないし。先生は色々、知ってるでしょ?」
「まあ……その件は、また後で、ね?」
先生とのやりとりは、二人の間では納得できていた様子だったが、それまでのことを全く知らないカゲト達は何を言っているのか理解できるはずもなかった。
「何を言いたかったのか、俺にはよく分からんが……ルナ、リカに聞いておきたいことがあったんだろう?」
カゲトに促されたルナは、ここに来る前から――リカがいなくなったあの時から、聞きたいと思っていたことを、意を決してリカに問う。
「先生は、どうしてここ……この世界に? 何か、あったんですか?」
「あたしはね……ルナと、厳密には理由が違うかもしれない。けれど、大枠は変わらないと思うわ。
そうね……社会という籠の中では、あたしはもう、生き続けられないと思ったから。
……だから、この道を選んだ、かな。勿論、偶然もあって、結果としてこの世界で生き続けているんだけども……いや、それだけ、ね」
先生の言葉に、どう反応して良いのか分からなくなる。その一方で、カゲトはしかめっ面をしながら、こう呟く。
「……ってことは、二人ともこの世に来た方法は一緒ってことか。
となると……つまりは、方法は分かりっこないが、元の世界に戻すというのは、現実的にも無理、か」
私たちの表情を全く読み取る気のないまま、カゲトが何も考えずに放った言葉に、私は怒り狂いそうになる。
「……ここで死ぬかい?」
カゲトの言葉は、私以上に先生の地雷を踏み抜いていたようだった。
「あの世界が嫌で嫌でどうしようもなくなって逃げ出した私たちに、今更もう一度元の、あの世界に戻してやろうだなんて。
……カゲト相手だからって容赦はしないわよ。それ以上馬鹿を宣うのなら、今此処で死ぬ?」
「……悪かった。リカがそこまで怒るとは思ってもみなかった。無神経だったな、済まない。
だが、本当にそれが実現できて、戻りなさいと言われたらどうするつもりだ?
……まあ、君が相手では、随分と骨の折れる仕事になりそうで、俺はやりたくないが」
「いっそ、後で一度手合わせしましょうか?」
「嫌だね。君が本気になったら、何個師団要るか分かりゃしない」
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