1_目覚め
2025.8.21 一部表現を修正・追加しました。
目を覚ましたとき、すぐに見えたのは雲一つない快晴の空であった。
身体を動かそうとするが、全身に痛みが広がっていて全く動けそうになかった。
どうにかして声だけでも出そうとするが、声は出そうにもなかった。今の私に、原因など分かるはずもないが、間違いなく喉は乾いてしまっているのだろう。
(ここ……どこ……)
自分が覚えている限り、直近の数日で私が屋外に出た記憶はない。目が覚める直前までいたはずの部屋ではない。
まるで異世界にでも飛ばされたような、どこか別の場所。自分が地面に横たわっていることしか分からなかった。倒れていることしかできない私は、それ以外に何もできないまま自然と意識が遠のいていった。
***
数日前、少女が倒れていたこの地域では地震が起きていた。
その原因は不明であったが、何かの予兆ではないかと考えられていた。特に地鳴りが響いた滝壺周辺を見るため近隣の住人が来たところ、少女が倒れているところが発見された。
しかし彼ら住人は何もしなかった。どこか地面で寝ているようにも見えていたからか、はたまた見ず知らずの人間を保護する文化がないのか。
ともかくその報は、すぐに自警団から現地をも統治する龍朱帝国の構える総督府、そして陸軍にも伝わった。
この世界の情報は現代より届くのが遅い。だが現地軍は、可能な限り現場に急行する。そして、少女は保護された。
意識のない状態でありながらも、担架に乗せられた少女の姿には外傷と呼べるようなものはなかった。そのため、診療に当たった軍医は、転落ではないと考えていた。
軍医は早期に軍の医療施設への移送をすぐに打診したが、返答のないまま時間が過ぎていく。保護から二時間程が経過し、軍医も少女の死を意識し始めていた頃、少女はおもむろに目を見開いた。
「ここ……どこ……ですか……? すみません……水、を」
彼女が目を覚まし、かすれ声で喋った言葉が、しっかりと聞き取れていることに軍医は驚くが、手元にあった水を差し出し、それと同時に少女の質問した内容に答える。
「ここは、我等が龍朱帝国の陸軍第五師団が設営した陣地の中にございます。貴方がここのすぐ傍にある、Alweyの滝で倒れていることを、近辺の村より知らせを受けてここに来ました」
「アルヴェイ……? 龍朱、帝国……?」
少女は軍医の回答を聞き、分からなさげに聞き返す。
「……帝国って、何?」
その言葉は、国内にいる並の知識を持つ人間であれば卒倒しかねないものだった。
***
目の覚めた私は、改めて現在の状況を把握しようとする。
今の状態で分かることは、たまたまとは言え、言葉はこの周辺の地域であれば通じるようであったこと、診ていてくれていた軍医曰く、“帝国領内で”倒れていた私を近隣の住人が見つけてくれたことで私の命は助かったこと。
そして、私の推測にはなるが、ここが今まで住んでいた世界とは全く異なる世界である……ということだった。
二点目に関しては、助かったというよりかは、「助かってしまった」とも感じるが……それはあまり考えても仕方のないことであろうし、心の中に秘しておくべきだろう。
何であれ、この陣の中で聞こえてくるものは私にとって聞き慣れない言葉だらけだが、元々いた世界ではないということがある意味幸い……なのだろうか。困惑は消えてくれないだろうが、そのうち慣れてくるだろう。
「初めて来る場所なのに、知らないことばかり喋ってしまっていたみたいで申し訳ない。混乱させていたらすまないと思っている」
「……大丈夫、大丈夫、よ」
目の前の相手に伝わったかすら怪しい声であったが、軍医は頷いて話しを切り替えようとする。
「……いろいろと聞くことになるが、大丈夫かい?」
「ええ……さっきよりは。言えることなら、お構いなく」
「では、遠慮なく。――貴方の名前は?」
「……ルナ、です。名字は……すみません、すぐには……分からない、です」
名前は出てきたが、何故か名字が思い出せない。記憶も少し怪しい。目の覚める前の事が、何かと影響しているのだろうか。
「名前だけで結構ですよ。ルナさん、ですね。ところで、何故あそこに?
――分かっていないのであれば構いませんが、倒れていた理由も含めて、よろしいでしょうか?」
「……ごめんなさい。何も、分からない、です。なんで、あそこに倒れていたのかも……」
私の回答はどうしてもぎこちないものにならざるを得ず、相手の男は首をかしげる。想定していたよりも考えさせてしまうような、難しい返答をしてしまった……そう感じた。
「では、この国……龍朱帝国については」
「……すみません、聞いたこと、ない、です」
目の前にいる軍医は天を仰ぎ、ため息をつく。その表情は見えないが、おおよその感情はなんとなく察せられる。何かを悟ったようにさえ思える。
「……では、私からの最後の質問をします。貴方が今、身に纏っている服装に見覚えはありますでしょうか」
その質問に私は首を軽く横に振り、答える。
「……いや。記憶にある限り、ですが。
……最後に着ていたようなもの、とは……違う、はず。大分、記憶があやふやになっているので、自信はないですけど」
記憶にある限り、今着ている服は……こんなものは持っていたことすらない、と思う。それに、最後に着ていたのは、多分、簡素なものだった、と思う。
記憶を辿ってみるが、自分のことのはずなのに、途切れ途切れになっている。
……分からない、何故だろうか。
「そうか……おそらく君は、“そういう”こと……なのだろう。君も、か。さっきので最後と言ったが、もう一つだけいいかい?」
わざわざ聞いてくることは奇妙に思うが、首を縦に振る。
「君は……旅をしたことはあるかい?」
「……そんなこと、できるような環境じゃなかったし、第一、外に出たいとも思わなかった、し」
「そうでしたか」
断ってまで聞いたこの質問に、一体何の意味があったのだろうか。この男の真意を量りかねる。男も私の返答を聞いて、色々と考え込む様になり、メモを増やしていく。
ゆっくり時間が流れるような感覚になり、少し自分のことを考えてみて、一つのことを思い出し、目の前の男に聞く。
「私から……一つだけ聞いてもいいです、か?」
「おや、なんでしょう? 貴方が解放されるには、幾許かの時間が必要になるとは思いますが……一応聞きましょう」
「……私は、いつ、死ねます?」
その質問に、彼の顔が少し歪む。
「……君は一体、どういうつもりだい?せっかく救われた命を無駄にするつもりかい?」
「いえ……思い出したんです。ここで目を覚ます前の記憶……といっても、いつ頃とかは分かりませんが」
私の言葉に男は耳を傾けるが、同時に疑いの眼差しを向ける。
「……これからを、生きていくことに、嫌気が差していたんです。だから、死のうと思ったんです」
男はそれを聞いて呆気にとられる。だが、次に彼が言葉にしたものはあくまで穏やかなものだった。
「……それでも、貴方が今、ここに生きている。それ自体に意味がある……と、私は思いますよ。
それに、貴方はまだ思い出していない……恐らく、私には話せない、隠していることもあるのでしょう。
私はこれ以上の詮索はしませんが……ともかく、貴方が今生きているという状態を、無理に捨てることは良くない……私の身分を別にしても、私はそう思います」
生きていること自体に、意味がある。前、同じようなことをどこかで聞いたことがある。
「……他に聞きたいことはなかったですか?」
「ええ、とりあえずは」
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