7.魔女は逃亡計画を立てる
「こちら、カモミールとミントを合わせたお茶でございます」
アメリーが優雅な所作でお茶を淹れ、砂糖壺と小さな焼き菓子の皿も添えてくれる。
「あ、ありがとうございます」
リンネアは微笑みながら、ふと自分の脇に置いてあるフランに視線を送った。
――さっきまで動いて、喋っていたのに。
何度も見ても、やはりただのぬいぐるみにしか見えない。
今度はアメリーの様子を窺ってみる。が、彼女は特に不審がる様子もない。
(やっぱり私が疲れているのかしら?)
さきほどの出来事は夢か幻だったのだろうか。
そんなはずはない、と心の中で否定する。
「リンネア様?」
ぼんやりと考え込んでいたせいか、アメリーが心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけです」
リンネアは琥珀色の液体が入ったカップを手に取った。
甘く爽やかな香りがふわりと鼻をくすぐる。
「うん、いい香り……」
一口すすると、すっきりとした清涼感が広がる。さきほどまでの混乱が、少しだけ和らぐような気がした。
リンネアも村ではハーブ類を育てていたが、ここの茶も悪くない。
「では、少しお休みになられましたらまた参りますね。失礼いたします」
アメリーはホッとしたように微笑を浮かべると、礼をして部屋を出ていった。
扉が静かに閉じられ、再び室内には静寂が戻る。
リンネアはじっとぬいぐるみを見つめた。
「……」
いつまで見つめても、フランはやはりぴくりともしない。
さっきの威嚇のポーズが嘘みたいに、ただの愛らしいぬいぐるみに戻っている。
「この子のことは後で考えるとして――早くここから逃げる方法を考えなきゃ」
そう呟きながら、リンネアはティーカップにもう一度口をつけた。
「風の魔法を使えば、空も飛べるけど……」
生憎、リンネアは風魔法が得意ではなかった。せいぜい落下時に風の抵抗を抑え、怪我無く着地できる程度だろうか。
王宮の構造がわからない以上、この部屋から出られたとしても敷地外にすんなり出るのは難しいだろう。日中は衛兵がいるだろうし、逃げられる可能性があるとすれば深夜――。
「月のない夜がいいわね」
新月の日は魔力が弱まるが、人目を忍ぶという点では一番条件がいい。ただし、問題はそれがまだ数日先ということだ。
「従順なふりをしていた方が向こうも油断するかもしれないし、少しの間の我慢ね」
リンネアがハーブティーを飲み終わり、ソファで過ごしていると再び扉がノックされた。
「はい!」
慌てて背筋を伸ばして返事をする。
「リンネア様、湯浴みのご用意が整いました」
今度は、先ほどとは違う、少し落ち着いた声だった。
「湯浴み……?」
首を傾げつつ、「どうぞ」と言うとエリダをはじめ、アメリーやジゼルをはじめ数人の侍女がやってくる。
「失礼いたします」
ぞろぞろとやってきた彼女たちは、部屋の奥へと入っていき、なにやら湯桶などをたくさん用意していた。
王宮で過ごすからには、少しの汚れも許されないということだろうか。
リンネアは自身の体を見下ろしたが、目立った汚れは見当たらない。
一応、皇都へ着く前の町の宿屋で綺麗にしてきたつもりだが。
「あの、そちらには何があるんですか?」
立ちあがってエリダたちについていくと、奥の通路が衝立で仕切られているのが見えた。どうやらその先にも通路があるようだ。
「はい。この向こうは両陛下の寝室がございます」
エリダは上品に微笑んだ。
「両陛下?」
「ラーシュ皇帝陛下と、皇妃になられるリンネア様です」
エリダはきっぱりと答える。
それを聞いたリンネアは、思わずひっくり返りそうになってしまった。