2.深紅の焔獣
どこを見ても、人、人、人。
目の前の大通りは石畳が整然と敷かれ、大きな馬車がすれ違っても余裕があるほどの広さがある。道の両側には彫刻が施された石造りの家々や色鮮やかな装飾が美しい商店が立ち並び、どこを見ても活気で溢れていた。
遠くの丘の上には高くそびえる白い大理石の王宮が見え、その圧倒的存在感が町全体を支配しているかのようだった。
「……ここが、皇都スカディ」
馬車を降り、巨大な門をくぐったリンネアはぽかんと口を開けて、肩から斜めにかけた鞄の紐をぎゅっと握った。
ゆっくりと石畳の道を歩き出しながら、キョロキョロと周囲を見回す。
「目が……耳が……」
色とりどりの服を着た人々、様々な国の言葉を話す人々、道端で朗々と歌声を披露する吟遊詩人、客を呼び込む商人の元気な声、見たことのない品々……生まれてから二十年間一度も村の外へ出たことのない彼女は、喧騒に目を回しそうになる。
「こ、こんなに人がいっぱいいるなんて……」
村の中でも、そのはずれの森の奥にぽつんと立っている小屋で生活していたリンネアにとって、衝撃的だった。
新しい人生と自由を謳歌すると決心してやってきたものの、これではどこへ行けばいいのかわからない。
大勢の人波に流されて、ついにどこを歩いているのかわからなくなってしまった。
「そうだ、まずは宿を探さないとね……!」
そう気づいて、なんとか宿屋に辿り着いたけれど……。
「満室!?」
リンネアはあんぐりと口を開けたまま固まる。
「今は建国祭の最中で数日間こんな調子だよ。もうしばらく先までいっぱいさ。悪いな、お嬢ちゃん」
宿屋の店主の謝罪の言葉に頭を下げながら、リンネアは外へ出た。
「もういっそ、今日中に住む所を探しちゃう?」
これだけ建物がたくさんあるのだ、空いている所もあるにちがいない。
リンネアは前から歩いてくる人を避けながら、一つの店の前で足を止める。
「わあ……かわいい!」
大きなガラス窓の向こうには、いろいろな動物のぬいぐるみが棚に整列していた。
軒先には『夢紡ぎ工房』という古びた看板がぶら下がっている。
手芸店のようだが、ぬいぐるみのあまりの愛らしさに、つい引き寄せられるように扉を押し開けた。
店内に足を踏み入れると、ふわりと優しい布の香りが漂い、木の床がきしむ音が小さく響く。少し薄暗く、外の喧騒から切り離されたかのような静けさが漂っていた。
これほど素敵なお店なのに、リンネアの他には客がいないらしい。
壁にはぬいぐるみがずらりと並び、棚の上には手作りの愛らしい動物たちが所狭しと並んでいた。
猫や犬から、他にも見たことがない動物もいた。それぞれが個性的な表情を持ち、見ているだけで心が癒される。
一つ一つ手に取って、その柔らかさに思わず頬が緩む。心の中で愛着を感じながら、さらに奥へ進んでいくと、特に目を引くぬいぐるみがあった。
赤褐色と黒の生地で作られた尻尾がもふもふのものだ。森で見かけたことのある狸よりも耳が大きく、模様も違う。
「なんてかわいいの……」
思わず手を伸ばし、そのぬいぐるみを抱きしめた。ふわふわの尻尾が柔らかくて心地よい。 つぶらな瞳が彼女を見つめ、まるで「連れて帰って」とでも言っているかのようだ。
――買っちゃおうかな。
これから一人で生きていくとはいえ、心細い時に何か話しかける対象が欲しい。
「深紅の焔獣……?」
値札を探していたら、ぬいぐるみの前にそう書いてあった。
「『フランムルージュ』だよ。東方の山に住む、森の守護者さ」
「ひゃっ」
突然声が聞こえて、リンネアは飛び上がるほど驚いた。
どこからかと店内を見回すと、カウンターの向こうで何かを作業している大柄な男性が目に入る。見るからにいかつい風貌で、その姿はまるで鍛冶屋のようだ。
しかし、彼の大きな手は驚くほど器用に針と糸を扱い、まるで魔法のようにぬいぐるみが形作られていく。
どうやら、この店の主らしい。
「フランムルージュ?」
「ちなみに他のは『夢幻の月華』、『天狼の咆哮』、『月影の飛天』、『戦慄の轟雷』、『蒼氷の刃』、『黄金の炎妖』だ」
早口過ぎて何を言っているのかさっぱりわからなかったが、どうやら順に猫、犬、熊、獺、狐のぬいぐるみのことを言っているらしい。独特の感性を持っている店主だ。
「すごいですね。ご自身の思い描いたものを形にできるなんて」
リンネアはきらきらと目を輝かせた。
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Switch2落選して落ち込んでます……。2次頑張ります。




