7.お尋ね者
ロレッタ様の駆け落ちした隣国ザマーデスでは、ロレッタ様は既にお尋ね者になっていて、賞金までかけられた指名手配扱いになってしまっていた。
自国サマッセだけの問題ではなくて、国際問題に発展する勢いであることをハウアー公爵が知ると青ざめた。
とにかく、何としてでもロレッタ様を連れ戻すことに躍起になっていた。
フリード様が追跡した貴族邸宅からは既に追い出されており、ロレッタ様は詐欺や盗みを繰り返す詐欺集団の首領の情婦になっていた。
最早、修道院に幽閉するどころではなく、法的な処罰、実刑を受けさせるべきというところまでになっていることを、当のロレッタ様だけが知らずにいた。
ロレッタ様が詐欺集団と共に逮捕されたという報告が、ハウアー公爵に届けられた。
ハウアー公爵は爵位を息子イーサンに譲り、領地も王家に全て返却した。
自分から家を捨て、尚且つ泥を被せた者に払う保釈金は無い、お前は公爵家から除籍する。自分の尻拭いは自分でしろ、神妙に刑に服せとロレッタ様に書面で伝えた。
それは事実上の絶縁状だ。
まさかここまで悪辣とは思っていなかった ロレッタ様の実の父であるラシーヌ侯爵も、ロレッタ様への助け船は出さなかった。
貴賤を問わず自分の犯した罪は自分で償うのが道理だと伝えたそうだ。
自重できない人は行くところまで行かないと止まれない、学ばない人は墜ちるところまで墜ちないとわからないのかもしれない。
逃亡中にロレッタ様も16歳になったのであれば、成人として罪を償うしかないでしょうね。
それにしても、公爵令嬢がお尋ね者になるなど前代未聞の醜聞だろう。
素行不良が奇跡のビスケットで治ったりしないのかしらと、少しだけ思った。
修道院へ入ったら、差し入れとしてビスケットをロレッタ様に送ろうかしら?
私はハウアー公爵から、ロレッタ様の身代り役を解かれた。
危険に晒してしまい申し訳なかったと謝罪も受けた。
無理して修道院へ入る必要はないが、エディット·クローデルとして、このまま修道院に入るならば、約束通り寄付金等は送るということだった。
「私はこのまま修道院へ行きたいです」
「必ず無事にお連れいたします」
アマンダ達と別れるのが名残惜しくなってしまっているけれど、それでも私は修道院で聖女達のお手伝いがしてみたい。
かつての母のように私も生きてみたいの。
聖フランシーヌ女子修道院の門前へ到着すると、アマンダが護衛として手続きが済むまで見届けると言ってついて来てくれた。
ロラン様達に別れを告げて、アマンダと二人で受付へ向かった。
修道院の庭に咲き乱れる色とりどりの薔薇が芳香を漂わせていた。
「良い香りですね」
私は深呼吸して香りを存分に味わった。
奇跡のビスケットを求めて巡礼に訪れている人達の混雑を避けて、修道院の入門窓口へ向かっていると、目の前に突然転移魔法で誰かがやって来た。
「エディット様、お待ちください!」
「サリィ?!」
やって来たのはサリエリだった。
サリエリは、クローデル子爵家での私の従者だった青年だ。
サマーナイト王国出身で、身内に不幸があって一時帰国していた。
その間に私がクローデル子爵家を出て、この修道院に入ることになったのを彼は知らなかった。
「ごめんなさい、あなたに告げずに修道院へ入ることになってしまって」
「エディット様、どうか私の妻になってください」
青みの強い艶やかな黒髪に、紫紺の瞳のサリエリが私の手を取って跪いた。
「な、何を言っているの? 私はこれから出家するのよ」
「私はサマーナイト王国の第三王子です。訳あって身分を隠しておりました。どうか私とサマーナイト王国にいらしてください」
「王子ですって!? それならば身分違い過ぎるわ」
「いいえ、あなたの母上は庶子ではあってもマセット現国王陛下の妹君です。ですから身分に問題は全くありません」
母は先王の庶子だったが、聖女の力が備わっていたため王宮ではなく、この聖フランシーヌ修道院で育てられていたらしい。
祖母も聖女で、先王の寵愛を受けたのだという。
そんなことは父のクローデル子爵からは全く聞かされていなかった。
ということは、ロレッタ様は私の従妹だったのだ。
ハウアー公爵は伯父上、イーサン様も私の従兄ということになる。
あの王女殿下も従姉······、国王陛下が·····伯父様?!
えええ?!
「······どうりでロレッタお嬢様に似ている訳ですね。エディット様、ここは一度公爵邸へ戻りましょう!」
アマンダが私の両肩を掴んで、有無を言わせない笑みを向けた。
こ、ここまで来たのに、また戻るの!?
嘘でしょ!?
「エディット様、戻りましょう」
サリエリも静かな圧で、私の手を取った。
私は出家したいのに!
どうしてこうなるの?




