4.義母
私達がラシーヌ侯爵家の所有する別宅に軟禁状態で滞在するようになって二週間が過ぎた。
避暑地でもあるこの地区は建物がまばらで、最寄りの他家の邸宅は侯爵邸からはかなり離れているため助けを求めるのも難しい。
ロレッタ様の実父である侯爵様とはまだ会えていないけれど、私は顔を合わせた時の練習を密かに繰り返していた。
義母は騙せても、血の繋がった侯爵様を騙す自信がまだなかったからだ。
私は安易にロレッタ様の身代わりを買って出たことを既に後悔していた。
こんなに沢山嘘をつかないとならないなんて思っていなかったから。
王家と繋がりのある公爵家令嬢と、しがない子爵家令嬢とでは交友関係からして違うものなのだ。
自分が身代りとして騙さないとならないのが高位の方々なのだということを、私はすっかり失念していた。
修道院へ入るまでの我慢、修道院にさえ入ってしまえば終わると思っていたのに、修道院にさえまだ辿り着けないでいる。
私はいつになれば念願の修道女になれるのだろう。
ここで軟禁されていては、いつになるか全くわからない。
ロラン様もアマンダも立場上身動きできずにいる。
私は、ロレッタ様としてひと芝居するしか無いと覚悟を決めた。
「こんなもの、食べられないわっ!」
メイドが用意した料理にケチをつけては下げさせる。
お腹は空いているけれど、自分が侯爵家から追い出されるようにするには、こうするしかない。
「痛いじゃないの!もういいわ、別の人に代わってちょうだい!」
髪を梳かしてくれた侍女に激怒して当たり散らす。
どれもが私の初めての経験だ。
どきどき、ヒヤヒヤ、そしてごめんなさいとしか思えない。
良心が痛むけれど、お義母様が根をあげるまでやらなくては。
だって私、修道院に行きたいのよ。
こんなところで足止めされるなんて嫌だわ。
アマンダ達は、私のロレッタ様のなりきりを、「その調子です」「なかなかいいですよ」と褒めてくれるけれど、肝心のお義母様は、面白がって見ているだけなのよ。
「お父様にはいつ会わせていただけるの?」
癇癪を起こしたふりや、物を引き倒したり壊して暴れてみせた。
その度に心臓がバクバクでたまらないわ。これ以上長引くと私の寿命が縮んでしまいそうよ。
「噂は本当だったのね」
メイド達もひそひそ話をしている。ロレッタ様の世間での良くない噂を信じはじめているようだ。
眉をひそめるのはほんの一瞬で、「いい子にしていないとお父様には会わせてあげないわよ」と侯爵夫人は嗤いながら脅すように言う。
「何が目的なの!?」
私は夫人にも敬語を省くなど失礼な態度を取って、反応を観察する。
それでも夫人は本音を明かさない。こういうところはいかにも高位貴族らしかった。
このままでは埒が明かないので、アマンダとロラン様と話し合って、侯爵邸を脱出する計画を練った。
「侯爵夫人が私を修道院へ行かせない目的は何かしら?」
「恐らく、ハウアー公爵の面子を潰すつもりかと」
「そうかもしれませんね」
ロラン様の推測にアマンダも同意した。
「以前から問題児だったロレッタ様をラシーヌ侯爵家へ取り戻したがっていたようですが、王妹の娘の義母という体で自分の地位を上げたいだけですよ」とアマンダは侮蔑を込めて言った。
私はほんの少しだけロレッタ様を気の毒だと思った。
***
「ロレッタ様を逃がすな!」
「ロレッタ様を追え!」
ラシーヌ侯爵家の別邸は騒然となった。
私が部屋から脱走し馬車で逃げたということになったからだ。
私を途中で降ろした空の馬車を囮にして、待ち合わせ場所で私は身を隠していた。
ロラン様とアマンダも後から合流する手筈だ。
アマンダは武術も達者な伯爵令嬢で、彼女は侍女と護衛を兼ねていた。
ラシーヌ侯爵家の見張りをものともせず、ロラン様と剣を振りながら突破し、共に馬で駆けてやって来た。
「エディット様、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ」
アマンダの颯爽とした凛々しい男装姿に私は目を奪われてしまった。
なんて絵になる二人なのだろうと。
***
ラシーヌ侯爵夫人の横やりという蛮行をハウアー公爵に知らせるために、私達はハウアー公爵邸に戻った。
ラシーヌ侯爵夫人の蛮行は夫の侯爵は寝耳に水で預かり知らぬことだったため、夫人だけが処分を受けた。
ラシーヌ侯爵は夫人と離縁し、夫人は辺境の修道院へ蟄居幽閉とされた。
身代りとはいえ、王族に連なる公爵令嬢を拉致して軟禁したのだから。
本物のロレッタ様はまだ見つかっていなかった。
「道中、気をつけて行きなさい」
「エディット嬢の護衛をしっかり頼むよ」
「わかっております」
公爵様もイーサン様もまるで本物の家族のように私を心配してくださって驚いた。
このように良くしてくださる家族がいるのに、ロレッタ様は何を考えているのだろうか。
家族のありがたみを全くわかっていないとしか思えないわ。
家族のことを少しでも思えるならば、もう少し自分の行動に気をつけるものよね。
こんなに人一倍恵まれてれているのに気がつかないなんて、もったいないことよね。
私達は聖フランシーヌ女子修道院を目指し再びハウアー公爵邸を後にした。




