3.侍女と護衛騎士
ハウアー公爵家から聖フランシーヌ女子修道院まで、私を無事に送り届けるように同行してくれたのは、ロレッタ様専属の侍女アマンダと、護衛騎士のロラン·メルビエ。
二人とも美男美女、ロレッタ様は身近には見目の良い者しか置かないのだとか。
アマンダは美女であるだけではなく伯爵家出身で品の良さと賢さも併せ持つ、頼れる侍女様だ。
ロラン様は、立っているだけで神々しく敵が逃げて行きそうな天使のごとき美々しさ。騎士団の元副団長で経歴も実力も十分。おまけに侯爵家の次男という高位のご出身。
そんなお二人は、それぞれ婚約者がいたにも関わらず、ロレッタ様に泣く泣く別れさせられて公爵家に無理矢理連れて来られたのだとか。
ロレッタ様ってあまりにも横暴すぎやしないのかしら?
そこは公爵家の方々がもっと強く止めないといけないのでは?!
それから数年が経ち、今お二人は互いに想いを寄せ合う良い仲のようで、私がこうしてヴェール越しにそれを感じ取っている。
一日も早く修道院へ到着し、私というお邪魔虫を置いて、二人水入らずで帰路を楽しんでいただきたいわ。
ロレッタ様の顔を見られ無い方が良いということで、私は馬車の中でも顔を隠すためにヴェールを被っている。
窓からの景色を直接見れないのが残念だ。
王都を出て二日目、山間部に近づくにつれ悪路が続くようになり、私は馬車酔いしてしまった。
日程を変更して、今夜は早目に宿を取ることになった。
「申し訳ありません」
「エディット様のせいではありませんよ」
アマンダさんが優しく介抱してくれた。
「ふふっ、本当にエディット様のような方がロレッタお嬢様だったら良かったのですけど」
「ロレッタお嬢様なら、供の者に気を使うとか謝るなんてことはまずありませんからね」
聞けば聞くほどロレッタ様の人物像が嫌でもわかってくる。
公爵邸でロレッタ様への予備知識を身につける際に、このような時はこんな態度を取るというような懇切丁寧なレクチャーまで受けた。
ロレッタ様と面識のある人物に対しては、そのようになるべく接するようにと指示も出ている。
私にとっては、それはなかなか演じるにも勇気が必要なのよね。
ロレッタ様になりきる演技を咄嗟にできるかは不安でしかない。
でも承諾した以上は誠実に可能な限り全力を尽くすしかないわ。
翌日から天候が悪化し、二日ほど足止めを食らった。
雨が上がっても道がぬかるんでいて、悪路をより悪路にしてしまっていた。
「なんとか明日には発てそうですね」
「ええ、良かったわ」
昼食後にアマンダと宿の部屋でたわいの無い世間話をしていると、部屋の外でロラン様が誰かを制止する声がした。
「ロレッタちゃん、会いたかったわぁ」
ロラン様に押し留められながらもズイと顔を扉から突き出して来たのは、ロレッタ様の義母と呼ばれる人だった。
不意を突かれて、ヴェールをするのが間に合わなかった。
「ラシーヌ侯爵夫人です」
そうアマンダが私に耳打ちした。
「お、お義母様、なぜここに?」
ラシーヌ侯爵夫人はロラン様を押し退けて、つかつかと近寄るとガシッと私を抱き締めた。
肉感的な体躯をぎゅうぎゅう押し付けられ、彼女の粉っぽい濃厚な香水と化粧の香りに噎せそうになる。
指に沢山つけられた指輪のゴツゴツした部分が、夫人が撫でまわす私の顔に当たって痛かった。
「修道院なんて可哀想に。私のところへいらっしゃい、匿ってあげるわ」
「そっ、それはなりませんわ。修道院へ行くのは王命ですもの」
この人は、ロレッタ様が修道院に入らないとどうなるのかをわかっていないのだろうか?
それにロレッタ様とこの義母の関係が良好だという話は全く聞かされていない。
ロレッタ様がハウアー公爵家に養女になってからラシーヌ侯爵と再婚した人なのだから。
一緒に暮らしたわけでもなく、育ててもらったわけでもないのにお義母様と呼ばせること自体無理がある。
普通に考えても、ロレッタ様とはそれほど親しくはないと考えるのが自然よね。
「お気持ちはとても嬉しいのですが、私が修道院へ行きませんと迷惑になりますから」
「あらあら、なんだかしばらく会わないうちに、ずいぶんいい子になったのね?」
黒髪の侯爵夫人の赤い瞳が妖しく細められた。
私、この人が怖い。
この人とは一緒にいたくない······。
「いいじゃないの、うちへ行きましょうよ」
夫人は引き下がらない。
「困ります、お願いですからこのまま修道院へ向かわせてくださいませ」
夫人は、彼女の身体からやっとの思いで引き剥がした私の顔をじっとりと見つめていた。
私のこの態度は不自然だったのかしら?
でも、ここはロレッタ様としても修道院行きをやめることはできないのでは?
······それともロレッタ様なら、この申し出に飛びつくのだろうか?
「ひとまず、侯爵家にいらっしゃい。あなた方もいいわね?」
私は二人に必死に目で「嫌よ、ダメ」と訴えたけれど、ロラン様とアマンダも押しの強い侯爵夫人には逆らうことはできなかった。




