1.身代わり引き受けます
ハウアー公爵家から使いを寄越されて赴くと、壮麗な白亜の城と名高い公爵邸が眼前に見えて来た。
この国の筆頭公爵になぜ自分が呼ばれたかは見当もつかないけれど、立場上断るわけにも行かず、訳もわからずここに到着した。
じきに公爵様がいらっしゃるのを客間で待たされている。公爵様は王弟殿下でもある。
短い銀髪に灰青色の瞳の精悍な顔立ちの当主が入室し、私は立ち上がって深々と淑女の礼を取った。
「エディット·クローデル子爵令嬢とは君で間違いはないな?」
「はい、わたくしがエディット·クローデルでございます」
着席を促されて腰かけたが、しんとした広い応接室に衣擦れとギシリと軋む音だけが響き、より緊張感が漂っていた。
「今日来てもらったのは君に頼みがあるからだが、突然申し訳ないが聞いてもらえるだろうか?」
「······はい、どのようなものでございましょうか」
ハウアー公爵は咳払いをして、居ずまいを直した。
「私の娘の身代わりに、修道院へ行ってくれないだろうか」
身代わりというただならぬ状況だったけれど、私はそれよりもどの修道院かの方が気になった。
「それはどちらの修道院でしょうか?」
「聖フランシーヌ女子修道院だ」
「あの『奇跡のビスケット』で有名な?」
フランシーヌ修道院の焼き印入りのハート型のビスケットは、どんな難病、不治の病も治癒させる『奇跡のビスケット』として知られている。
手の平大の大きめのそれを食べて盲目の人が眼が見えるようになったとか、歩けない人が歩けるようになったなどの、奇跡の例が後を絶たない。
その修道院は以前から巡礼に行ってみたいと私がずっと思っていたところだった。
「そうだ、良く知っているね」
公爵様は精悍な顔立ちを若干緩めて微笑した。
「なぜわたくしのような者が身代わりに?」
「君が娘のロレッタに瓜二つだからだよ」
ノックする音が聞こえ、「入れ」と公爵様が許可すると、彼に似た面差しの青年が入室した。
「はじめまして、ハウアー公爵家嫡男のイーサンです。本当に妹にそっくりですね」
「だろう、ここまで似ているとは」
二人にまじまじと見つめられて私は戸惑った。
ロレッタ様は娘とされているけれど、亡くなった王妹の娘を引き取って養女にしていた。
ロレッタ様は幼い頃は病弱で、溺愛されて手のつけられない我が儘に育ち、生母亡き後には更に悪化する一方だった。
このままではいけないと、ハウアー公爵家で引き取ったが、健康体になってより奔放な性格になったという。
そのロレッタ様が王女殿下の婚約者と隣国ザマーデスに駆け落ちしてしまい、その処分として修道院に送ることになったのだが、肝心なロレッタ様は現在行方不明なのだそうだ。
困り果てた公爵様は、憤慨した兄王と王女の面子を守るためにロレッタ様の身代わりを立てることにした。
ロレッタ様は自分の婚約者を捨てた上での逃避行中らしい。
ロレッタ様とは互いに面識はない。それは二人ともデビュタント前だったからだ。
私は16歳になりもうすぐデビュタントだけれど、ロレッタ様は15歳だった。
「あれが修道院へおとなしく行くわけがない······」
「まあ、1日も持たないでしょうね」
二人とも困り果てている。
自分よりも年下の15歳で駆け落ちとは凄いものだなと、私は半ば関心していた。
「それでだが······、無理を承知で頼みたいのだが、ロレッタが見つかるまで代わりに修道院に入ってもらえると助かるのだが······」
「あの、修道院へ入るのは期限つきなのですか?」
「······?」
「一生修道院にいることはできないのですか?」
「は!?」
公爵と次期公爵が眼を見開いた。
「まさか、君は修道院へ入りたいのか?」
「はい。昔からの憧れなのです」
「······憧れ?」
「はい」
私の嬉しげな返答に公爵様達は困惑していた。
「君は結婚はしたくないのか? 跡取り娘であれば婚約者がいたりするだろう?」
「親が決めた婚約者がおりますが、彼は私の妹と相思相愛ですので、私が家からいなくなれば妹達が子爵家を継いでくれますわ」
「き、君はそれで本当にいいのかい?」
「はい、もちろんです」
屈託のない笑顔で応じると公爵様達は面食らっていた。
「もし娘が戻らなければ、そのまま何年、何十年と修道院にいることになるのだよ?」
「私はそれで構いません」
たまげたという様子の二人に私は満面の笑みを浮かべた。
「こちらとしては、非常に助かるが······」
「喜んで、身代わりを承ります!」
こうして私は公爵令嬢ロレッタ様の身代わりに修道院へ行くことが決まった。




