第九十二章「木霊の手紙4」
午後、エマは完成した織物を持って、再び職人の森へと向かった。今度は、心の中に不思議な確信があった。三日前に自分が受け取った手紙、それを今度は自分が書く番なのだということが。
森の入り口に立つと、不思議な感覚が彼女を包み込んだ。確かに時間の流れが違っている気がした。木々の間から漏れる光は普段とは違う色をしており、風の音も遠く感じられた。
小さな空き地に辿り着くと、そこには三日前と同じように木の精霊が待っていた。
「来たね」
エマは頷き、完成した織物を広げて見せた。
「あなたの言う通り、言葉にならない想いを形にしてみました」
木の精霊は織物に触れ、満足したように微笑んだ。
「見事だ。この織物には言葉を超えた真実が込められている」
「私、やっと気づいたの」エマは静かに語り始めた。「私の中の言葉にならない想い、それは『つながり』だったんだって。前世では常に孤独に創作し、自分の才能だけを頼りにしていた。でも光の谷での日々を通じて、私は素材や人、自然との深いつながりの中にこそ、本当の創造があることを学んだの」
木の精霊は深く頷いた。
「そして今、あなたはその輪の一部となった。時間の輪の中で、あなた自身とつながったように」
そう言うと、精霊は一枚の木の皮と、小さなインク壺を差し出した。
「これで手紙を書きなさい。そして、それを村の郵便配達人に渡すのだ」
エマは不思議な感覚に包まれながらも、従った。木の皮に同じ言葉を記す。「三日前のあなたからあなたへ」「聞こえますか。心の声が。言葉にならない想いの形が見えますか。時の輪の中で、あなたは私に出会い、私はあなたに手紙を書いています。森の入り口で待っています??三日前のあなたより」
手紙を封筒に入れ終えると、木の精霊は静かに言った。
「これで輪は完成した。あなたは自分自身とつながり、過去と現在と未来が一つになった」
エマは微笑んだ。この不思議な経験を通じて、彼女は創作の新たな次元に触れた気がした。言葉だけでは表現できない、もっと深いレベルでの表現。それは前世の彼女には想像もできなかったものだった。
「ありがとう」エマは精霊に深く頭を下げた。「この経験は私の創作に新しい命を吹き込んでくれました」
精霊はゆっくりと消えていきながら、最後にこう告げた。
「森は常にあなたの中にある。創造の源は言葉を超えた場所にあることを忘れないように」
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工房に戻ったエマは、完成した「言葉なき織物」を壁に掛けた。それは光の谷の人々に不思議な影響を与え始めた。触れる者は自分だけに向けた特別なメッセージを感じ取り、心が穏やかになるという。
翌日、マリーお婆さんが工房を訪れた。
「試練はうまくいったようだね」
エマは微笑みながら頷いた。
「はい。不思議な経験でしたが、とても価値のあるものでした。マリーさん、言葉を超えた創作って、本当にあるんですね」
マリーお婆さんは優しく微笑み、エマの完成した織物に触れた。
「私たちの技は、ただ目に見えるものを作るだけではないんだよ。見えないものを形にする、それが真の職人の役目さ」
エマは窓辺に育った不思議な木を見つめながら思った。前世では常に言葉で理解し、言葉で表現することにこだわっていた。しかし、本当の想いは時に言葉を超えた場所にある。それを形にする術を身につけたことで、エマの創作はさらに深い次元へと進化していくだろう。
森からの試練は、エマに新たな気づきをもたらした。言葉にならない想いをつむぐこと、それはエマ・ヴァンローズという織り手の新たな旅の始まりだった。
窓から差し込む夕日が、「言葉なき織物」に当たり、部屋全体が温かな光に包まれた。それはまるで、森の精霊が微笑んでいるかのようだった。




