第八十七章 眠り姫の目覚め
冬至の朝、工房の窓を覆う霜の花が、朝日に照らされて七色の輝きを放っていた。エマは古い納屋の整理をしながら、冬の陽射しに心を奪われていた。「祝福の雫」の力で、霜の結晶一つ一つに冬の想いが込められているのが感じられる。
「この霜の模様、織物に活かせそう……」
そう呟きながら、奥の棚に手を伸ばした時だった。古い箱が崩れ落ち、中から一枚の織物に包まれた人形が零れ落ちる。
人形は驚くほど繊細な作りで、薄紅色の頬に長い睫毛、優美な唇には小さな微笑みが宿っている。しかし不思議なことに、全く埃をかぶっていなかった。
「まあ、なんて美しい人形……」
エマが人形を手に取ると、月詠みの花が不思議な光を放った。その瞬間、かすかな鈴の音が聞こえたような気がする。
「エマや、その子に触れたのかい?」
マリーお婆さんが、いつもの杖をつきながら現れた。
「はい、納屋で見つけたんです。この人形、なんだか特別な気がして……」
「そうじゃ。その人形には百年前の名工、リリアン・ローズの魂の一部が宿っているんじゃよ」
マリーお婆さんは、月詠みの花の横に腰を下ろしながら、静かに語り始めた。
「リリアンは若くして命を落としたが、最期まで人形作りを愛した職人じゃった。この人形は彼女の未完の想いが込められた最後の作品なんじゃ」
エマは人形を抱きながら、その重みに込められた想いを感じていた。「祝福の雫」が輝くたび、人形からかすかな温もりが伝わってくる。
「お婆さん、この人形、きっと目覚めたがっているんです」
「ほう?」
「はい。織物を通して語りかければ……きっと」
エマは決意を固め、新しい布を織ることにした。月明かりに照らされた作業台で、一針一針、想いを込めていく。
織り始めると、不思議なことが起こった。機織りの音が、まるで小さな歌声のように響き始めたのだ。エマの手元から、七色の光が零れ落ちていく。
夜が更けていくにつれ、織物には星空のような模様が浮かび上がっていった。月詠みの花は静かに輝きを増し、エマの作業を見守っているかのようだ。
「リリアンさん、あなたの想いを感じます。この布があなたの魂を、今ここに呼び戻してくれますように」
満月が天頂に達した時、エマは織物を完成させた。それは星明かりを集めたような、神秘的な輝きを放つ布となっていた。
エマが布を人形にかけると、月の光が差し込んできた。その瞬間、人形から淡い光が放たれ、少女の姿が浮かび上がる。
長い金髪を風になびかせ、青い瞳をきらきらと輝かせた少女は、まさにリリアン本人だった。
「ありがとう、エマさん。あなたの織物が、私の最後の願いを叶えてくれました」
リリアンは優雅な舞を披露し始めた。その姿は月光の中で、まるで妖精のように美しい。
「私の人形に、最後の仕上げをしてくれて、本当にありがとう。これで安心して、天国に帰れます」
リリアンの姿は次第に透明になっていき、最後は光の粒子となって夜空に溶けていった。床には一輪の水晶の花が残されていた。
翌朝、エマは水晶の花を月詠みの花の横に植えた。花は朝日に照らされて七色の光を放ち、新たな物語の始まりを予感させていた。
エマは気付いたのだ。作品には作り手の想いだけでなく、それを受け取る者の心も映し出されること。そして、その二つの想いが出会った時、真の作品が生まれるのだということを。
「リリアンさん、ありがとう。私も、受け取る人の心に寄り添える作品を作っていきます」
工房に差し込む朝日が、エマの決意を優しく照らしていた。水晶の花は、かすかな鈴の音を響かせ、その誓いを祝福するかのように輝いていた。




