第八十三章 雨降る庭の小さな王国
七日七晩の長雨が光の谷を潤し続けた八日目の朝、エマの裏庭に不思議な出来事が起こりました。月詠みの花の根元から、小さな光の粒が舞い上がり始めたのです。朝もやの中、その光は次第に大きくなり、ついには手のひらサイズの小さな王国の姿となって現れました。
石畳の小道、ハーブで作られた家々、花びらの旗がはためく小さな城。そこではラベンダーの長い髪を持つ少女や、ローズマリーの髭を蓄えた老人など、植物たちが人の姿となって暮らしていました。
「まあ、私の目、どうかしちゃったのかしら」
エマが驚いて目を擦っていると、マリーお婆さんが裏庭に姿を見せました。
「七日七晩の雨は、祝福の雫を呼び寄せる印なのさ。エマ、あなたはハーブたちの王国に招かれたのよ」
マリーお婆さんは、小さな水晶の首飾りをエマに手渡しました。
「これをつけると、あなたも彼らと同じ大きさになれる。でも、月が昇るまでには戻ってくるのよ」
エマが首飾りを身につけると、体が光に包まれ、次第に小さくなっていきました。気がつくと、ハーブたちと同じ大きさになっており、目の前には植物たちが建てた小さな城の門が広がっていました。
「ようこそ、織り手さん」
ミントの香りを纏った若い騎士が、エマを出迎えます。
「私はペパーミント。この王国の案内役です。どうぞ、お城へ」
エマは案内されるまま、花びらで作られた階段を上っていきました。そこには、カモミールの女王が待っていました。優しい香りを漂わせながら、女王は語り始めます。
「私たちの王国は、あなたの手によって育てられた植物たちが作り出した世界なの。でも最近、みんなの色が少しずつ褪せてきているの。あなたの織物の力で、私たちの世界に再び鮮やかな色を取り戻してほしいの」
エマは小さな織機を見せられます。それは露の滴りで作られた糸を使う、特別な織機でした。
「この織機で織られた布は、私たちの命の輝きを映し出すことができるの」
エマは織機に向かい、露の糸を手に取ります。するとその瞬間、植物たちの想いが手のひらに伝わってきました。日々の陽だまりの暖かさ、雨のやさしい音色、風との戯れ、そして土の中で絡み合う根っこたちの絆。
一針一針、エマは植物たちの物語を織り込んでいきます。するとしだいに、布から七色の光が放たれ始めました。その光は王国全体に広がり、色褪せていた植物たちの姿が、再び鮮やかな色を取り戻していきます。
月の光が差し込み始めた時、エマは元の大きさに戻りました。裏庭には、七色に輝く小さな布が残されています。その布を広げると、そこにはハーブたちの王国で過ごした一日の物語が、色鮮やかな模様として織り込まれていました。
それ以来、雨上がりの朝になると、エマの裏庭からは不思議な香りと共に、小さな笑い声が聞こえてくるようになりました。そして、エマの織る布には、植物たちの歌声のような、優しい輝きが宿るようになったのです。
マリーお婆さんは、満足げな表情でつぶやきました。
「自然の声を聴く心を持った者だけが、このような祝福に出会えるのよ」
エマは微笑みながら、今日も裏庭のハーブたちに水をやり続けています。時々、植物たちが人の姿で踊る小さな影が見えることもありますが、それはきっと、朝もやの中の夢のような出来事なのでしょう。




