第七十九章 大掃除大作戦
春の陽気に誘われ、エマは工房の大掃除を思い立った。窓から差し込む柔らかな光が、埃っぽい空気を金色に染め上げている。月詠みの花の鉢を窓際に移動させ、床を磨き、棚を整理していく中で、エマは織機を動かす必要があることに気がついた。
「この織機、想像以上に重いわね……」
エマは額に汗を浮かべながら、何度か織機を押してみるが、びくともしない。祝福の雫の力を試してみたものの、重いものを動かすような力は宿っていないようだった。
窓の外では、村人たちが忙しく行き交っている。マリーお婆さんは薬草の収穫に出かけたところだし、ルーカスは窯の火の番、アンナは新作の陶器の仕上げに追われているはず。
諦めかけた時、工房の前を通りかかった羊飼いの子供たち、ハンス、リリー、トビアスが、窓越しにエマの苦労を見つける。
「エマねえちゃん、手伝おうか?」
ハンスの無邪気な申し出に、エマは思わず笑みがこぼれる。
「でも、重すぎるわ。危ないから……」
「僕たち、みんなで力を合わせれば大丈夫!」
トビアスが胸を張る。その横でリリーが小さく頷いている。
「そうね……でも、安全には気をつけましょう?」
エマが同意すると、子供たちは歓声を上げ、さっそく織機の周りに集まり始めた。
その様子を見かけた隣家のアンナが顔を出す。
「まあ、大掃除? 私も手伝うわ」
アンナの言葉に続いて、通りがかったルーカスも加わり、さらには市場からの帰り道だったクララも合流する。気がつけば、工房の中は賑やかな声で溢れていた。
「みんなで持つ場所を決めましょう。準備はいい? せーの!」
エマの掛け声で、一斉に織機を持ち上げる。重かった織機が、皆の力を得てすうっと軽々と動いていく。
「すごい! 本当に動いた!」
ハンスが目を輝かせる。エマも思わず笑顔がこぼれる。
その後も掃除は続き、いつしか工房の大掃除は村の小さなお祭りのような雰囲気に。クララが羊毛を吹き飛ばしながら棚を拭き、ルーカスが窓ガラスを磨き上げ、アンナが花瓶を綺麗に並べ直していく。子供たちは小さな雑巾を手に、床の隅々まで這いつくばって拭いている。
夕暮れ時、マリーお婆さんが薬草を抱えて戻ってきた時には、工房は見違えるように綺麗になっていた。窓から差し込む夕陽が、ピカピカになった織機に反射して、部屋中を優しいオレンジ色に染めている。
「まあ、なんて素敵な光景でしょう」
マリーお婆さんの言葉に、皆が笑顔で頷く。エマは月詠みの花の方を見た。花びらが夕陽に透かされ、かすかに七色の光を放っている。まるで、今日の出来事を祝福しているかのように。
「お礼にお茶をいれましょう。マリーお婆さんの新しい薬草ブレンドを試させてもらえるかしら?」
エマの提案に、疲れた体を癒すような優しい香りのお茶が工房に広がっていく。みんなで輪になって、温かいお茶を飲みながら、今日一日の出来事に笑い合う。
小さな掃除から始まった一日は、思いがけない形で村人たちの心を近づけていた。エマは、この光の谷で暮らす幸せを、しみじみと感じていた。
「困った時は、お互い様なのよ」
マリーお婆さんの言葉が、夕暮れの工房に優しく響いていった。




