第七十六章 冬の朝の贈り物
光の谷に珍しい大雪が降った朝、エマは工房の窓から庭を眺めていた。一面の銀世界に息を呑むほどの美しさを感じながら、ふと裏庭の片隅に小さな影を見つける。雪を踏みしめて近づくと、そこには白い息を吐きながら身を寄せ合う三匹の子猫がいた。
「あら、みんな寒そう……」
エマが声をかけると、子猫たちは怯えた様子で身を縮めた。近くには空になった古い陶器の器があり、その傍らに「ヨゼフ」と記された札が雪に埋もれかけていた。
マリーお婆さんが、朝の挨拶代わりに工房を訪れる。
「まあ、ヨゼフさんの猫たちね」
「ヨゼフさんって……?」
「ええ、先月亡くなった漁師のヨゼフさん。毎朝ここで野良猫たちに餌をあげていたのよ」
エマは胸が締め付けられる思いだった。雪が降り始めてから、きっと餌場を探して迷い込んできたのだろう。
「このままじゃ凍えてしまいます。何かできることはないでしょうか?」
マリーお婆さんは静かに微笑んだ。
「そうね。光の谷の職人たちなら、きっといい知恵を出してくれるわ」
エマは早速、仲間たちに相談を持ちかけた。ガラス職人のルーカスは風除けのガラス板を、陶芸家のアンナは保温性の高い餌入れと水飲み場を作ることを申し出る。
エマ自身は「祝福の雫」の力を込めた特別な布を織ることにした。織機に向かいながら、布に温もりを込めていく。一目一目に、小さな命を守りたいという想いを織り込んでいった。
「おや、エマさん。今日は珍しい織り方をしているね」
共同作業場でトーマス親方が声をかける。
「はい。温もりを閉じ込める織り方なんです。二重に織ることで、暖かい空気を閉じ込められるんです」
トーマスは興味深そうに織機を覗き込んだ。
「なるほど。それなら、私から補強用の金具を提供しよう。支柱にすれば風にも負けないはずだ」
次々と村人たちが協力を申し出る。大工のハインリヒは木製の屋根を、羊飼いのクララは余った羊毛を持ってきた。
作業は夕暮れまで続いた。完成したのは、小さいながらも温かな猫の家だった。ガラスの風除けは夕陽を優しく通し、エマの織った布は暖かな空気を包み込む。陶器の餌入れには早速、魚屋のおばあさんが持ってきた魚の切り身が盛られた。
月が昇り始める頃、子猫たちは恐る恐る新しい住処に近づいてきた。一番小さな茶トラが最初に中に入り、続いて他の二匹も潜り込む。布の上で丸くなった三匹の姿に、集まった村人たちはほっとした表情を浮かべた。
「ヨゼフさんも、きっと喜んでいることでしょう」
マリーお婆さんの言葉に、エマは静かに頷いた。
「そうですね。これからはみんなで見守っていきましょう」
雪は静かに降り続いていたが、光の谷の片隅に、ほんのりと温かな明かりが灯っていた。




