第七章 祝福の広場
春の大市の朝は、鐘の音とともに始まった。
時計塔から響く厳かな音色が、光の谷全体に祝祭の始まりを告げる。中央広場には、すでに多くの人々が集まっていた。
「エマ、ここよ!」
リーゼが手を振る場所に、エマの展示スペースが用意されていた。周囲には、仲間たちの作品が並ぶ。アンナの幻想的な器、ルーカスの光を封じ込めたガラス細工、リーゼの繊細なレース……。
「ありがとう」
エマは、大切そうに包みを抱えている。その手が、少し震えているのが分かった。
「緊張してるの?」
「ええ、でも……」
エマは、深く息を吸い込んだ。
「不思議と、怖くはないの。この作品なら、きっと誰かの心に届くって、そう信じています」
リーゼは、優しく微笑んだ。
「そうよ。私たちの作品は、誰かの人生に寄り添うものなんだから」
エマは静かに包みを解いた。その瞬間、周囲から小さな歓声が上がる。
月の光と春の息吹を編み込んだショールは、今や新たな輝きを帯びていた。まるで、光の谷そのものの優しさが織り込まれているかのように。
「エマ、これは……」
マリーお婆さんが、感嘆の声を上げた。
「月見草のエッセンスが、こんなにも美しく調和するなんて」
「マリーお婆さんのおかげです」
エマが頭を下げると、マリーは静かに首を振った。
「違うよ。これはあなたの魂が紡ぎ出した祝福なのよ」
その時、人だかりが少し開いた。そこには、一人の少女が母親に手を引かれて立っていた。眼帯をした少女は、病気療養のために光の谷を訪れているという。
「お母様、あそこから、温かい光が……」
少女の言葉に、エマは息を呑んだ。ショールは確かに美しく輝いているが、それは目で見える光だけのはずだった。なのに、この少女は……。
「触ってみていいですか?」
エマは静かに頷き、ショールを少女に差し出した。
少女の指が、そっとショールに触れる。その瞬間、不思議な光が広がった。少女の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「温かい……まるで、お日様のよう」
母親が驚いたように少女を見つめている。
「ミーナ、あなた……笑ったわ。病気になってから、初めて……」
エマの胸に、温かいものが込み上げてきた。そうか。この作品は、確かに誰かの心に届いたのだ。
時が過ぎるにつれ、エマのショールを手に取る人々が増えていく。その度に、不思議な出来事が起きた。
疲れを癒やされたという老人。心の重荷が軽くなったという商人。長年の不安が和らいだという娘……。
「これが、本当の意味での『癒しの工芸品』なのね」
クララがそっと呟いた。
「エマ、あなたの想いが、確かに形になったわ」
エマは、静かに頷いた。前世では、自分の才能を証明するためだけに作品を作っていた。でも、今のこの喜びは、まったく違う。
誰かの心に、小さな光を灯すことができる。その幸せは、魂を焼き尽くすような情熱とは違う、穏やかで確かな温もりをエマの心にもたらしていた。
「エマちゃん!」
振り向くと、先ほどの少女が再び戻ってきていた。
「このショール、買わせてください。きっと、私の治療の支えになります」
エマは、込み上げる感情を抑えながら答えた。
「ありがとうございます。でも、お金はいりません」
「えっ、でも……」
「代わりに、約束してください。毎日、このショールに光が織り込まれているように、あなたの心にも希望の光を灯し続けてと」
少女は、大切そうにショールを胸に抱きしめた。
「はい! きっと、約束します!」
春の陽射しが、優しく広場を包み込む。エマは静かに空を見上げた。
(ねえ、私の魂さん。今度は、あなたと一緒に、誰かの心を温められる作品を創っていけそうだわ)
光の谷に春風が吹き抜け、新たな物語の始まりを告げるように、エマの銀髪を優しく揺らめかせていた。




