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光の谷のクラフトマスター ~癒しの転生スローライフ~  作者: 霧崎薫


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第六十四章 午後のお茶会

 秋の陽が傾きはじめた午後、エマたちはカフェ『青い鳥亭』の窓際の席に集まっていた。温かな光が、テーブルの上のケーキとハーブティーを優しく照らしている。


「久しぶりね、こうして集まるの」


 リーゼがレースの編み針を置きながら言った。彼女は話しながらも手を止めることはなく、繊細なレースを編み続けていた。


「ええ。みんな忙しかったもの」


 アンナが微笑む。彼女の指には陶土の粘りが残っていた。


「クララは羊の出産があったのよね?」


 エマがハーブティーを注ぎながら尋ねる。


「ええ! 双子が生まれたの。目が覚めるような白い毛並みで……」


 クララの瞳が輝いた。羊飼いとしての誇りが、その表情に滲んでいる。


「リリーは見習い工房の試験だったわよね?」


 アンナの問いかけに、リリーは少し俯いた。


「はい……でも、まだ納得できる作品が作れなくて」


 その言葉に、エマは前世の自分を重ねた。完璧を求めすぎて、苦しんでいた日々。


「リリー、織物を見せてもらえる?」


 リリーは小さなバッグから、半分だけ織られた布を取り出した。細かな模様が、夕陽に照らされて浮かび上がる。


「これは……」


 エマは布に宿る「祝福の雫」の痕跡を感じ取った。不安と希望が交錯する若い魂の輝きが、そこにあった。


「私にも、似たような時期があったわ」


 エマはゆっくりと語り始めた。


「完璧な作品なんて、本当はどこにもないのかもしれない。大切なのは、その時の自分にできる精一杯を注ぐこと。でも理想を追い求める心は忘れずに……」


 窓の外で、一枚の葉が風に舞った。


「それに」とリーゼが編み針を動かしながら続けた。「不完全だからこそ、次があるのよね」


「ええ」アンナが静かにうなずく。「私の作る器も、一つとして同じものはないわ。それがむしろ、魅力なのかもしれない」


 クララは羊毛を紡ぐ仕草で言った。「自然と向き合っていると、そういうことが分かってくるわよね」


 リリーの目に、小さな涙が光った。


「ありがとう、みんな……」


 エマはふと、テーブルを見まわした。レースを編むリーゼ、陶器を作るアンナ、羊を育てるクララ、そして成長途上のリリー。それぞれの道を歩む仲間たちが、この瞬間を共有している。かけがえのない大切な、今。


「あ、見て!」


 窓の外で、夕陽が雲間から差し込み、虹が架かっていた。


「祝福の雫みたい」とリリーが呟いた。


「ええ。私たちの歩みも、こんな風なのかもしれないわね」


 エマの言葉に、全員がうなずいた。それぞれの技が、それぞれの輝きを放ちながら、ゆっくりと虹を紡いでいく。


「さあ、せっかくのパイが冷めちゃう」


 リーゼの言葉で、全員が笑顔になった。パイとケーキの甘い香りが、午後の光の中に溶けていく。窓の外では、虹が静かに輝いていた。


 ケーキの皿が空になり、二巡目のハーブティーが注がれる頃、会話は自然と恋の話へと移っていった。


「ねえ、エマ」


 リーゼが、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「ルークとは、どうなの?」


 エマは一瞬言葉に詰まり、頬が薔薇色に染まった。


「もう、リーゼったら……」


「気になるわよね」とアンナも目を細める。


「風の術士様と、光の谷の織り手様」


「まるで物語みたい」クララも嬉しそうに続けた。


 エマは窓の外を見やりながら、そっと微笑んだ。


「別に何もないわよ。ただ……あの人は風のように自由な人だから……。縛りたくないの」


「でも、風が時々立ち寄る場所があってもいいじゃない」


 リーゼの言葉に、エマは静かにうなずいた。


「クララこそ、羊飼いのヨハンとどうなの?」


 今度はクララが赤くなる番だった。


「も、もう! あの人ったら、羊のことしか眼に入ってないんだから」


「でも」とリリーが初めて声を上げた。「先日の市で、クララの好きな林檎を買ってたわよ?」


「えっ!」


 クララの驚きの声に、みんなが笑った。


「私ね」アンナが静かに切り出した。「昨日、新しいエプロンを作ったの。藍染めで、ここにレース編みを付けて……」


「まあ、素敵!」


「職人だからって、そうした女性らしさがあったっていいでしょう?」


 リーゼは自分の編んでいたレースを見せた。


「これ、実は自分用の付け襟なの。白い糸に、月光の祝福をかけて」


「私も」リリーが恥ずかしそうに言う。「織物に、好きな人への想いを込めることがあるの」


「それって、誰かしら?」


 からかうような声が上がる中、リリーは赤くなって俯いた。


「やっぱり、マイスターの孫息子?」


「ち、違うわよ!」


 リリーは慌てて否定するが、その顔はもう真っ赤だった。


「分かるわよ」エマが優しく微笑む。「だって、彼が通る時間に合わせて、必ず窓辺で探し物をしている振りをするわよね?」


「もう、エマったら!」


 陽が落ちかけ、カフェの中にランプの明かりが灯される。温かな光の中で、女性たちの語らいは続いていく。


「でも、幸せって不思議よね」


 エマがふと呟いた。


「どんなに小さなことでも、誰かと分かち合えると特別になる」


「ええ」アンナが頷く。「朝の光、風の音、お気に入りの服、美味しいお茶。そういう何気ないものの中にある」


「それに」クララが続けた。「こうしてみんなで分かち合うと、もっと素敵になるの」


 リーゼは編み針を置き、ゆっくりと立ち上がった。


「ねえ、みんなで写真撮りましょう」


「あら、リーゼが持ってるの? 魔法の光写機」


「ええ、特別な日のために取っておいたの」


 五人は寄り添って、夕暮れの光の中で微笑んだ。魔法のシャッターの音が、優しく響く。


「これも、私たちの宝物ね」


 エマの言葉に、全員が深くうなずいた。窓の外では、最後の陽光が織りなす光の帳が、静かに揺れている。それは、まるで誰かの優しい手が、乙女たちの未来を紡いでいるかのようだった。


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