第六十二章 冬の散歩道
冬の朝は静かに明けていった。エマは早朝の霜の降りた道を、ゆっくりと歩いていた。足跡が白く凍てついた石畳に残る。
空はまだ暗く、月が細く光っている。街灯の明かりは消え、職人たちの家々も静まり返っている。
前世では、この時間は疲れ果てて眠っているか、徹夜で仕事を続けているかのどちらかだった。でも今は違う。朝の静けさを全身で感じながら、ただ歩く。
「寒いね」
独り言を吐くと、白い息が舞い上がった。
時計塔の横を通り過ぎたとき、風がそっと吹いた。エマは上を見上げる。古びた風見鶏が、軋む音を立てて回っている。
「あら……」
朝日が昇り始め、錆びついた風見鶏に光が差し込んだ。茶色く朽ちた金属が、思いがけない輝きを放っている。
「美しい……」
エマは足を止めて見つめた。錆びた部分に霜が降り、それが光を受けて虹色に輝いている。前世なら、この風見鶏に対して「メンテナンスが必要」と考えただろう。でも今は違う。朽ちていく過程にも、エマは確かな美しさを見出した。。
工房に戻ったエマは、すぐに織機に向かった。
「祝福の雫よ」
エマの手から、かすかな光が漏れる。
糸を選び、色を重ねていく。錆びた金属の色。霜の結晶の輝き。風に吹かれる音。それらを一つずつ、布に織り込んでいった。
マリーお婆さんが訪ねてきたのは、日が高くなってからだった。
「おや、珍しい織物ね」
エマは黙って織り続けている。マリーは完成しかけた布を見つめ、静かにうなずいた。
「『物の終わり』を織っているのね」
「違います」
エマは初めて手を止めた。
「終わりと始まりは、つながっていると思うんです。この風見鶏の錆びた部分は、新しい色になっただけ。朽ちることは、別の何かに生まれ変わること」
マリーは深いまなざしでエマを見つめた。
「私、思うんです。朽ちていく中にある静かな光も、確かな美しさなのだと」
織機から外された布は、一見すると地味な色合いだった。でも光の加減で見ると、錆びた風見鶏のように不思議な輝きを放つ。そして布の端には、新芽のような若草色の糸が、かすかに織り込まれている。
「これは……」
「ええ。終わりの中の、新しい始まりです」
エマは微笑んだ。窓の外では、風見鶏が静かに回り続けている。朝の光の中で、錆びた金属が温かな色を放っていた。
(前世の私も、こうして新しい何かになれたのかもしれない……)
エマはそう思いながら織機に残った糸を優しく撫でた。小さな「祝福の雫」が、糸の上で静かに輝いている。
「さあ、お茶にしましょう」
マリーの言葉に、エマはうなずいた。工房の窓から差し込む光が、ゆっくりと織物を照らしている。終わりと始まりが溶け合う、静かな冬の朝だった。




