第六十一章 月下の語らい
秋の気配が濃くなりはじめた夜、エマの工房に温かな明かりが灯っていた。裏庭では月詠みの花が静かに輝き、その青白い光が庭先のテーブルを優しく照らしている。
「みんな、来てくれてありがとう」
エマは懐かしい顔ぶれを見まわしながら、グラスに蜂蜜酒を注いだ。クララ、リリー、アンナ、ルーカス、リーゼ、トーマス。光の谷で最初に彼女を迎えてくれた仲間たちだ。月光を受けて、それぞれの表情が柔らかく浮かび上がる。
「エマの花園、本当に素敵になったわね」
クララが月詠みの花を見つめながら言った。羊飼いとして厳しい日々を送る彼女の瞳に、珍しく潤いが宿っている。
アンナは陶器の酒器に手をかけ、その質感を確かめるように撫でた。
「この器、エマとの共同作品ね。触れるたびに、あの時の記憶が蘇るわ」
ルーカスは黙ってうなずき、グラスを掲げた。風の術士として旅を続ける彼の瞳には、遠い空の色が宿っているように見える。
「成長したわね、みんな」
リーゼが静かな声で言った。彼女の繊細なレース編みの技術は、今や王都でも評判になっている。
「でも、変わらないものもある」
トーマスの渋い声が響く。ベテランの金属細工師である彼の言葉には、時を越えた重みがあった。
エマは前世の記憶と重なる風景を見つめながら、温かな想いに包まれた。工房の窓からは、かすかに織機の輪郭が見える。
「私ね、最近しみじみ思うの」
エマの声に、全員が耳を傾けた。
「これまでは完璧を求めすぎて、自分を追い詰めてた。でも、ここで出会った『祝福の雫』は、不完全さの中にある美しさを教えてくれた」
月詠みの花が、エマの言葉に呼応するように、より深い輝きを放った。
「ねえ、覚えてる? エマが初めて市場に来た日のこと」
クララの言葉に、みんなが笑顔を浮かべた。
「ええ。市場の真ん中で立ち尽くして、それでも目が輝いてたわ」
アンナが懐かしむように言う。
「あの時、私の作った器を見つめる目が、ただ者じゃないって思ったの」
グラスの中で蜂蜜酒が月光を反射し、七色の輝きを放つ。
「私たちも、エマから多くを学んだわ」
リーゼの言葉に、リリーが頷いた。見習い工房で学ぶ彼女の手には、すでに確かな技が宿っている。
「新しい風を、光の谷にもたらしてくれた」
ルーカスの静かな言葉に、風がそよいで月詠みの花を揺らした。
エマは満ち足りた気持ちで、夜空を見上げた。前世では見過ごしていた星々の輝きが、今は愛おしく感じられる。
「これからも、みんなと一緒に……」
言葉が途切れたとき、月詠みの花が一斉に光を放った。その瞬間、それぞれの職人の技が、かすかな光となって立ち昇るのが見えた。
クララの紡ぐ糸が月光に輝き、アンナの陶器が真珠のような光沢を帯び、ルーカスのガラス細工が虹色の輝きを放つ。リーゼのレースが銀糸のように煌めき、トーマスの金属細工が星明かりを集めているかのよう。
そして、エマの織る布が、それらすべての光を優しく包み込んでいく。
「これが、私たちの『祝福の雫』ね」
アンナの言葉に、全員が静かにうなずいた。光の谷の夜は、仲間たちの想いとともに深まっていった。




