第六十章 大地の記憶
朝もやの立ち込める光の谷で、エマは裏庭の手入れをしていた。月詠みの花の根元を掘り返していると、鋤が何かに当たって、澄んだ音が響いた。
「これは……?」
土を払うと、そこには深い紫色の陶器の欠片が姿を現した。エマの指先が触れた瞬間、不思議な温もりが伝わってきた。まるで誰かの想いが封じ込められているかのような温かさだった。
エマは両手で欠片を包み込むようにして持ち、静かに目を閉じた。すると、「祝福の雫」の力が呼応するように、ぼんやりとした光が手の中から漏れ始めた。
「まあ、その欠片……」
いつものように、マリーお婆さんが現れていた。
「これ、何かご存知ですか?」
「ああ、それはね。昔この地に住んでいた陶芸家エレナの作品の欠片よ。彼女は土と対話する特別な力を持っていたの」
マリーお婆さんの言葉に、エマは思わず欠片を見つめ直した。
「土と対話する……?」
「そう。エレナは土の記憶を読み取り、それを作品に込める力を持っていたの。でも、その技は彼女と共に失われてしまった……」
その時、工房の戸を叩く音が響いた。
「エマ、いる?」
アンナだった。エマが欠片のことを話すと、アンナの目が輝いた。
「私も最近、似たような欠片を見つけたの。工房の床下から」
二人は欠片を並べてみた。すると、それらは確かに同じ作品の一部のように見えた。
「これは……」
エマとアンナが同時に欠片に触れた瞬間、強い光が放たれた。その光の中に、かつての光の谷の風景が浮かび上がる。
豊かな森に囲まれた谷。陶器を作る女性の姿。布を織る人々。そして、それらが織りなす温かな暮らし。
「エレナさんの記憶……」
エマは静かに目を閉じ、その光景を心に刻んだ。
「ねぇ、アンナ。私たち、新しい作品を作りませんか? エレナさんの技と、私たちの技を重ねて」
アンナは深く頷いた。それから二人の挑戦が始まった。アンナが土を練り、エマが布を織る。二つの技が、少しずつ重なり合っていく。
マリーお婆さんからは、月詠みの花の染料を受け取った。
「これは特別な染料よ。大地の記憶を呼び覚ます力があるの」
エマは染料で織物を染め、アンナは同じ染料を陶土に混ぜ込んだ。
作業を重ねる中で、エマは気付いていった。土と布。硬いものと柔らかいもの。相反するように見えて、どちらも人の営みを支える大切な存在なのだと。
満月の夜、二人の作品が完成した。
布で包まれた陶器は、使う人の体調に応じてわずかに形を変え、心地よい温もりを放つようになった。エレナの欠片は、作品の中心に溶け込み、かつての記憶を新しい技の中で蘇らせていた。
「まるで、大地が私たちに贈ってくれた宝物ね」
アンナの言葉に、エマは静かに頷いた。
それから、この作品は「大地の記憶」と名付けられ、光の谷の新しい伝統として受け継がれていくことになった。使う人の体質に合わせて少しずつ形を変えるその不思議な力は、エレナの想いと、新しい時代の技の調和から生まれた奇跡だった。
エマは夜空を見上げた。満月の光が、作品を優しく照らしている。
「これからも、大地の声に耳を傾けていきたい」
その言葉は、誓いのように夜空に響いた。前世では気付けなかった、物作りの新しい喜びが、確かにそこにあった。




