表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の谷のクラフトマスター ~癒しの転生スローライフ~  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/93

第五十八章 朝露の智慧

 夜明け前の静寂が、光の谷を包み込んでいた。エマは普段より早く目を覚まし、窓の外を見つめていた。月詠みの花が、まだ暗い空の下でかすかに光を放っている。


「まだ眠れないのかい?」


 階下から、マリーお婆さんの声が聞こえてきた。エマは驚いて振り返る。お婆さんは、いつの間にか工房の入り口に立っていた。


「マリーおばあちゃん、こんな早くに……」


「今日は特別な朝よ。さあ、私と一緒に来なさい」


 マリーお婆さんは、そう言うと庭へと歩き出した。エマは急いで上着を羽織り、後を追う。


 庭には、まだ夜の名残りの露が宿っていた。月詠みの花は、その露を纏って神秘的な輝きを放っている。


「見えるかしら? 朝露には、一日の始まりの力が宿るのよ」


 マリーお婆さんの言葉に、エマは目を凝らして露を見つめた。すると、それぞれの露が微かに異なる色を帯びて輝いているのが分かる。


「不思議……! 露の色が、少しずつ違います」


「そう、よく気づいたわね。植物たちは、それぞれの時間に最も適した力を持つの。その力を理解することが、真の癒しへの第一歩よ」


 そのとき、村の入り口から人影が近づいてきた。羊飼いのクララが、青ざめた顔で歩いてくる。


「エマさん、マリーおばあちゃん、おはようございます。実は、相談があって……」


 クララは体調を崩していた。ここ数日、眠れない日が続き、食事ものどを通らないという。エマはクララの様子をしっかりと観察した。


「クララ、少し休んでいきなさい」


 マリーお婆さんはそう言うと、エマに目配せをした。


「エマ、今日は特別な織物を教えるわ。朝露の力を織り込む技よ」


 エマは月詠みの花から滴る露を、特別な方法で集め始めた。マリーお婆さんの指導の下、露を受ける布の織り方も変えていく。太陽が昇るにつれ、布は淡い光を帯び始めた。


「織物には、時の力が宿るの。特に、夜明けの時間は、新しい始まりの力に満ちている」


 エマは集中して織り進めた。布に触れるたびに、心が澄んでいくような感覚がある。今まではこんな繊細な感覚に気付くことはなかった。


 昼過ぎ、クララが目を覚ました。


「不思議です。体が軽くなって、心も落ち着いてきました」


 エマが織った布を纏ったクララの顔色は、見違えるように良くなっていた。


「人の体は自然の一部なの。だから、自然の力を理解することが、癒しの基本になるのよ」


 マリーお婆さんの言葉に、エマは深くうなずいた。


 その日から、エマは早朝の時間を大切にするようになった。朝露を集め、日の出とともに織物を始める。そうすることで、布に宿る力が強くなることを発見したのだ。


 月が満ちていく頃、エマの工房に新たな来訪者があった。隣村から、不眠に悩む若い農夫が訪ねてきたのだ。


「妹から、この村に不思議な織物があると聞いて……」


 エマは早速、朝露の布を織り始めた。しかし今回は、農夫の体質に合わせて織り方を微調整する必要があった。


「人それぞれに、合う織り方があるのね」


 マリーお婆さんは満足げにうなずいた。


「そう、気付いたのね。これが朝露の智慧よ。一人一人に最適な調和があることを教えてくれる」


 エマは織物を完成させながら、前世での制作活動を思い出していた。あの頃は、ただ美しいものを作ることだけを考えていた。しかし今は違う。作品が誰かの心と体を癒すことを願いながら織っている。


 布が完成すると、そこには朝露のように透明な輝きが宿っていた。農夫がその布に触れた瞬間、彼の硬く凝りついた表情が柔らかくなった。


「不思議です。心が落ち着いてきます」


 それから数日後、農夫は再び工房を訪れた。眠りの質が改善され、朝の目覚めが爽やかになったという報告だった。


「エマ、あなたは大切なことを学んだわ。朝露が教えてくれた智慧を、これからも大切にしていくのよ」


 マリーお婆さんの言葉に、エマは静かにうなずいた。窓の外では、新しい朝が始まろうとしていた。月詠みの花が、まだ見ぬ誰かの癒しのために、静かに輝きを増していく。


 朝露の智慧は、エマに新たな創作の道を示していた。それは、自然と人との調和を紡ぎ出す、光の谷ならではの技だった。エマは織機に向かいながら、次の朝を待つ心に、確かな希望を感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ