第五十一章「春を待つ種」
冬の終わりを告げる風が、エマの工房の窓を優しく叩いていた。銀色の髪をたなびかせながら、エマは裏庭の花壇の手入れに余念がない。枯れた茎を一本一本丁寧に片付け、春に備えて土を耕している。
その時、土の中から不思議な輝きを放つ種が見つかった。真珠のような光沢を持つその種には、エマの心を揺さぶる模様が刻まれている。
「この模様……まるで……」
エマの胸に、前世の記憶が鮮やかに蘇る。末期の癌に冒されながらも、最後まで手がけた映像作品。そのテーマは「永遠」。作品の中で使ったモチーフと、この種の模様が不思議なほど似ていた。
「エマ、その種は……!」
マリーお婆さんが、急いで庭に駆け寄ってきた。
「これは『時の種』。千年に一度だけ姿を現す伝説の植物よ」
マリーの声には、深い感動が滲んでいた。
「時の種は、不思議な力を持っているの。そして、その人の生き方によって、花の咲き方も変わるのだとか……」
エマは、手の中の種をじっと見つめた。前世では、自分の命を削るように生きた。その結末が、あまりにも早すぎる死だった。
「今度は違う形で、この命を生きてみたい」
エマの囁きに、種が微かに光を放った。
それからというもの、エマの生活に小さな変化が訪れ始めた。毎朝、種に水をやり、優しく語りかける。土の状態を確認し、時には月詠みの花のエッセンスを振りかける。
「焦らないの。すべてには、その時があるのだから」
マリーのアドバイスに、エマは深く頷いた。前世では、常に結果を急いでいた。でも今は違う。一日一日を、大切に生きていきたい。
ある夜、エマは不思議な夢を見た。前世の自分が、全力で走り続けている。そこには作品の締切に追われ、完璧を求める自分の姿があった。でも不思議なことに、今のエマにはそれが遠い風景のように感じられる。
目覚めると、種が植えられた鉢から柔らかな光が漏れていた。そっと覗き込むと、小さな芽が顔を出していた。
「まあ……!」
その芽は、エマが前世で最後に思い描いた「永遠」の形そのものだった。螺旋を描くような曲線、生命力に満ちた輝き。でも前世とは違い、そこには優しさが宿っている。
「エマお姉さん!」
ミラが、朝一番に工房を訪れた。
「見て! 私が初めて上手に織れた布なの!」
震える手で差し出された布には、不器用ながらも一生懸命な想いが込められていた。エマは前世の記憶を思い出す。初めて作品を作った時の、あの必死な気持ち。
「ミラちゃん、この布、とても温かいわ」
エマは迷わず織機の前に座った。ミラの布を直すのに夢中になっていると、芽が不思議な輝きを放った。
「これは……?」
芽から放たれた光が、まるで祝福のように二人を包み込む。
「温かい……まるで、お母さんに褒められているみたい」
ミラの言葉に、エマは深い感動を覚えた。この芽は、自分の生き方を映し出しているのかもしれない。前世の焦りや執着とは違う、誰かを励まし、導くことの喜び。
その日から、芽は驚くべき成長を見せ始めた。幹は天に向かってまっすぐに伸び、枝は優しく広がっていく。そして満月の夜、ついに一輪の花を咲かせた。
「エマ、見事な花ね」
マリーお婆さんが、感嘆の声を上げた。
「これは、『永遠花』。一度咲くと、決して散ることのない花」
花は七色の光を放ち、見る者の心を温かく包み込んでいく。それは、エマが前世で求めた完璧な「永遠」とは違う、生命そのものの輝きを持っていた。
エマは、静かに微笑んだ。
「分かったわ。生きているということは、それ自体が素晴らしいことなんだ。その上で丁寧に毎日を生きられれば、それにまさる幸せはないんだって」
永遠花は、エマの言葉に呼応するように、より一層鮮やかな光を放った。それは前世からの長い旅を経て、ようやく見出した確かな真実の輝きだった。
春の足音が、そっと光の谷に近づいていた。




