第四十六章「祝福の実り」
初夏の陽射しが庭を温める午後、エマは七色の豆の前で深い思索に沈んでいた。茎から垂れる豆莢が、風に揺られてかすかな音を立てている。
葉の間から差し込む光が、豆を七色の輝きで染め上げる様は、まるで生命の神秘そのものを映し出しているかのようだった。
「不思議ね……」
エマは、そっと豆莢に触れた。すると、温かな波動が指先から伝わってきた。
「この豆には、何か深い意味があるような気がするの」
マリーお婆さんが、庭の垣根越しに顔を覗かせた。
「そうじゃよ。その豆は、ただの作物ではない。生命の循環そのものを映す鏡なのじゃ」
エマは、ハッとした。確かに、この豆を育て始めてから、自分の中で何かが変わり始めていた。孤児院の子供たちの心が開かれ、村人たちの絆が深まり、そして何より――自分自身の魂が癒されていく感覚。
「でも、お婆さん。私にはまだ、その本当の意味が掴めないんです」
マリーは、静かに微笑んだ。
「それなら、豆と対話してみるがよい。朝露の時刻に、心を澄ませて」
その夜、エマは眠れずにいた。窓から差し込む月光が、七色の豆を銀色に染めている。前世での記憶が、断片的に蘇ってくる。
(私は、ずっと何かを追い求めていた)
完璧な作品、認められること、自分の価値の証明……。それらを求めるあまり、命を削り、そして――。
明け方近く、エマはようやく微睡んだ。そして夢の中で、不思議な光景を見た。
七色の豆が大きな樹となり、その枝から無数の光の種が舞い落ちる。それらは地面に落ちると、新たな芽を出し、また光の種を散らしていく。終わりのない循環。そして、その中心には温かな光があった。
「あ……!」
夢から覚めたエマの頬を、一筋の涙が伝っていた。やっと分かった。この豆が教えてくれていたものが。
(すべては繋がっている。命も、想いも、すべては大きな環の一部)
朝露に濡れた庭で、エマは静かに豆に語りかけた。
「ありがとう。やっと気付けた。私が求めていたのは、完璧な作品でも、認められることでもなかった」
豆の葉が、朝風に静かに揺れる。
「それは、この環の中で生かされている幸せ。与え、そして受け取る喜び」
その瞬間、七色の豆が一斉に光を放った。まるで、エマの悟りを祝福するかのように。
マリーお婆さんが、いつの間にか庭に立っていた。その表情には、深い理解と慈しみが浮かんでいる。
「そうじゃ。すべては空っぽじゃが、同時にすべては満ちている。それが生命の真理」
エマの心に、深い安らぎが広がっていった。前世からの重荷が、まるで朝露のように静かに消えていく。
庭には、新しい朝の光が溢れ始めていた。




