第四十二章「月夜の囁き」
深まる冬の夜。エマとユーリアは、金糸を使って最後の仕上げに取り掛かっていた。月明かりに照らされた織機から、これまでにない清らかな音色が響いている。
カラン、コロン、カラン……。
金糸が織り込まれるたび、布地全体が淡く発光した。それは、まるで月光が織物の中で息づいているかのよう。
「不思議ですね」
エマは、作業の手を止めて布地を見つめた。
「織り進むにつれて、あなたの記憶が見えるような気がします」
「ええ、私もよく分かるわ」
ユーリアの姿が、いつもより確かな存在感を帯びて浮かび上がる。
「この布には、あなたの想いも、しっかりと織り込まれているもの」
エマは、自分の胸の内を見つめた。確かに、この布には自身の祈りにも似た想いが込められている。ルークへの想い、光の谷での日々、そして前世からの学び。
「ねえ、ユーリアさん」
「なあに?」
「私、やっと分かった気がします。待つということの意味を」
ユーリアは、静かに頷いた。
「それは決して、ただ時を過ごすことではないのよね」
「はい。誰かを想いながら、自分も成長していくこと。そして、その過程そのものを大切にすること」
エマの言葉に、工房の空気が振るえるように揺らめいた。
「そうよ、エマ」
ユーリアの声が、深い感動を湛えている。
「だから私は、最期まで織り続けることができたの。それは決して、むなしい待ち時間ではなかった」
月の光が一層強く差し込み、二人の周りを銀色の靄が包み始めた。
「エマ、ありがとう」
ユーリアの姿が、次第に透明になっていく。
「私の想いを、こうして形にしてくれて」
「ユーリアさん!」
「もう、大丈夫よ。私の物語は、ここで完結する時が来たの」
ユーリアは最後に、深い愛情を込めた眼差しでエマを見つめた。
「あなたには、あなたの物語がある。それを、精一杯生きてね」
その言葉と共に、ユーリアの姿は月の光の中へと溶けていった。後には、完成した着物と、一輪の月詠みの花だけが残されていた。
窓の外では、雲間から覗いた満月が、これまでにない優しい光を放っている。エマは、静かに着物を手に取った。布地からは、ユーリアの、そして自身の想いが、確かな温もりとなって伝わってきた。
「ありがとう、ユーリアさん」
エマの囁きが、月夜の静寂に溶けていく。
それは、新しい物語の始まりを告げるような、清らかな夜であった。




