第四十章「月光の糸」
その夜から、エマとユーリアの不思議な共同作業が始まった。月の満ち欠けとともに、ユーリアは時折姿を見せては、エマに糸紡ぎの真髄を伝えていく。
カタ、コト、カタ、コト……。
満月の夜、二人の糸車が奏でる音が、静かな調べとなって工房に満ちていた。
「ユーリアさん、どんな着物を織ろうとしていたんですか?」
「月明かりの下で咲く桜を織り込もうと思っていたの」
ユーリアの声には、懐かしさと切なさが混ざっていた。
「彼は、夜桜が好きだったから。『帰ってきたら、一緒に見よう』って約束したの」
エマは、糸車を回す手を止めた。ユーリアの想いの深さに、胸が締め付けられる。
「でも、私……完成できなかった」
ユーリアの姿が、月光に溶けるように儚くなる。
「最期まで、待ち続けただけ……」
「違います!」
エマは思わず声を上げていた。
「ユーリアさんは、想いを諦めなかった。それは決して、むなしいことじゃない」
月明かりが、二人を優しく包み込む。
「ねえ、ユーリアさん。私たちで、その着物を完成させませんか?」
ユーリアの目が、かすかに輝きを増した。
「でも、それは……」
「大丈夫です。あなたの想いを、私も込めて織らせてください」
翌朝、エマは早速、マリーお婆さんを訪ねた。
「夜桜を織り込んだ着物?」
「はい。ユーリアさんの想いを、形にしたいんです」
マリーは、深い理解を示すように頷いた。
「分かったわ。特別な染料を分けてあげましょう。月見草のエッセンスと、冬桜の露を」
その日から、エマの制作は新しい段階に入った。昼は染料の調合と下準備、夜はユーリアと共に糸を紡ぐ。月の光を浴びた糸は、不思議な輝きを帯びていく。
「エマ、その糸、とても美しいわ」
ある夜、ユーリアがそっと囁いた。
「あなたの想いが、しっかりと込められている」
「ユーリアさんに教えていただいたおかげです」
「ううん、これはあなた自身の光よ」
ユーリアは、月明かりに照らされた糸を優しく見つめた。
「私には見えるの。あなたの中にある、誰かを想う気持ち」
エマは、はっとした。ルークのことを考えていた自分に気付いたのだ。
「私も……誰かを待っています」
「そう……だから、この糸はこんなにも美しく輝くのね」
静かな夜が更けていく中、二人の糸車は月の光を浴びて回り続けた。その音は、まるで心の調べのように、工房に響いていた。




