第三十九章「想いの軌跡」
翌日から、エマは村の古い記録を探し始めた。工芸資料館の黄ばんだ文書の中に、ユーリアの名を見つけたのは、夕暮れ時だった。
「ユーリア・ヴィンター……十八歳で最年少の織物師範に」
エマは、その文字の一つ一つをなぞるように読んでいく。記録によれば、ユーリアは並外れた才能を持つ織り手だった。特に月光をモチーフにした作品は、見る者の心を癒すという評判だったという。
「私と同じ年齢……」
資料館の窓から差し込む夕陽が、古い記録を赤く染めている。
「エマ、まだ居たのね」
アンナが、陶器を抱えて入ってきた。
「ユーリアのことを調べているの?」
「ええ。アンナさんは何か知っていますか?」
アンナは静かに首を振った。
「詳しいことは分からないけど、祖母から聞いた話があるわ。ユーリアの織った着物には、月の祝福が宿っていたって」
「月の祝福……?」
「そう。月光の下で紡いだ糸には、特別な力が宿るの。でも、それには紡ぐ人の深い想いが必要だったはず」
その夜、エマは再び工房で糸を紡ぐことにした。窓から差し込む月光を浴びながら、ユーリアの使っていた糸車に向かう。
カタ、コト、カタ、コト……。
懐かしい音が、静かな工房に響き始めた。
「待つということ……」
エマは、糸を紡ぎながら考える。前世では、待つことは無駄な時間のように思えた。常に先を急ぎ、結果を求め、そして最後には命さえも燃やし尽くした。
でも、ユーリアは違う。彼女は待つことの中に、確かな希望を見出していたのだ。
「来ていただけるかしら……」
エマの呟きに応えるように、月光が一層強く差し込んできた。そして――。
「また、紡いでいるのね」
ユーリアの姿が、月明かりの中から浮かび上がる。今夜は、少し寂しげな笑みを浮かべていた。
「ユーリアさん……私、あなたのことを少し知りました」
「そう……。でも、記録に残っていることは、私のほんの一部だけよ」
ユーリアは、エマの紡ぐ糸を静かに見つめた。
「その紡ぎ方、とても懐かしい。私も、最初はそうやって紡いでいたわ」
「教えていただけませんか? 本当の紡ぎ方を」
ユーリアは、そっとエマの手に自分の手を重ねた。不思議なことに、その手には確かな温もりがあった。
「大切なのは、心の中の光を糸に込めること。私は彼への想いを、一本一本の糸に編み込んでいったの」
エマは、その言葉の意味を噛みしめた。技術だけでなく、魂の輝きを作品に込める。それは、前世でも心のどこかで求めていたことだったのかもしれない。




