表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の谷のクラフトマスター ~癒しの転生スローライフ~  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/93

第三十八章「夜の音色」

 秋の深まりとともに、夜が長くなってきた光の谷。エマの工房でも、ランプの灯りが以前より早く点されるようになっていた。


 カタ、カタ、カタ……。


 エマは織機の音に耳を澄ませた。いつもと少し違う響きがする。まるで誰かが、別の織機を奏でているかのような。


「気のせいかしら……」


 窓の外では、満月が雲間から顔を覗かせている。その光を受けて、工房の床に淡い影が落ちていた。


 カタ、コト、カタ、コト……。


 確かに、もう一つの音が聞こえる。エマは静かに立ち上がり、2階の工房を見回した。月の光が差し込む窓辺に、見覚えのない糸車が置かれている。


 そして、そこには一人の少女が座っていた。


「あ……」


 思わず声が漏れる。少女は振り向かず、ただ黙々と糸を紡ぎ続けている。薄い青色の着物を着た姿は、月光に透けるように儚げだ。


「あの、どなた……?」


 エマが声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。その表情には、深い哀しみの色が宿っていた。


「紡がなくては……約束の着物が、間に合わない……」


 少女の声は、風のようにかすかだった。その手は止まることなく、糸車を回し続けている。


 エマは、不思議と恐怖を感じなかった。むしろ、この少女の姿に心を打たれた。その仕草には、どこか切実な想いが込められているように見える。


「私にも、手伝わせてもらえませんか?」


 エマがそう言うと、少女は初めて微かな笑みを浮かべた。その笑顔には、月の光のような優しさがあった。


「ありがとう……でも、これは私が、紡がなければ……」


 その言葉を最後に、少女の姿は月明かりの中に溶けるように消えていった。後には古びた糸車だけが、静かに佇んでいる。


 翌朝、エマはマリーお婆さんを訪ねた。


「まあ、青い着物の少女に糸車……」


 マリーは深い思索に沈んだ様子で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「それは、きっとユーリアのことね」


「ユーリア?」


「ええ。百年ほど前、この村に住んでいた織り手よ。婚約者のために着物を織り続けて……」


 マリーの声が、一瞬途切れた。


「でも、その方は?」


「戦に行ったきり、帰らぬ人となった。それでもユーリアは待ち続けた。糸を紡ぎ、布を織り……最後まで希望を持ち続けて」


 エマの胸に、切なさが広がる。前世でも、このような深い想いで何かを待ち続けたことはあっただろうか。いつも追い立てられるように生きて、誰かを、あるいは何かを静かに待つ心の余裕すら持てなかった。


「エマ」


 マリーが、静かな声で言う。


「光の谷には、古くからの想いが今も残っているの。それは必ずしも悲しいことばかりじゃない。待つことの美しさ、想い続けることの尊さを教えてくれる」


 工房に戻ったエマは、窓辺に残された糸車をそっと撫でた。月明かりに照らされた糸車は、まるでユーリアの想いを今も紡ぎ続けているかのように見えた。


 外では、秋の風が静かに吹き抜けていく。その音は、どこか糸車の音色に似ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ