第三十六章 風の足跡
翌朝、エマは村はずれまでルークを見送った。朝もやの中、ルークの姿が次第に小さくなっていく。肩に掛けたショールが、風になびいている。
「きっと、また……」
エマは、自分に言い聞かせるように呟いた。涙は見せまいと決めていた。だって、これは終わりではなく、新しい始まりなのだから。
「エマ、しっかりしなさい」
マリーお婆さんが、静かに近づいてきた。
「いいえ、大丈夫です。私、強くなりました」
「そうかい?」
「はい。以前の私なら、きっと全てを投げ出して追いかけていたと思います。でも今は違う」
エマは、自分の工房を振り返った。
「私には、ここでしかできないことがある。そして、それを見守ってくれる大切な人たちがいる」
マリーは満足げに頷いた。
「その通りよ。さあ、新しい風を織り込む時間だよ」
工房に戻ったエマは、早速新しい布を織り始めた。ルークと過ごした日々で学んだ技法を活かしながら、新たな表現を模索する。
布に織り込まれる風は、もはや目に見えるだけではない。触れると、その場所の風が感じられ、心が癒される不思議な力を持っていた。
「エマ、この布、すごいわ!」
リーゼが感嘆の声を上げた。
「触ると、春風が吹いてくるみたい」
「ルークさんから学んだ技よ。でも、これはまだ始まりなの」
エマは、織機に新しい糸を通しながら説明した。
「風には様々な表情がある。優しい春風、爽やかな夏風、実りの秋風、澄んだ冬風……。その一つ一つを布に込めていきたいの」
リーゼは、エマの横顔をじっと見つめた。
「エマ、あなた、すごく綺麗になったわ」
「え?」
「なんていうか、内側から輝いているみたい」
エマは、少し照れたように微笑んだ。確かに、自分の中で何かが変わった気がする。恋を知り、別れを経験し、そして新しい決意を持つ。それは、女性として、一人の人間として、確実な成長を感じさせるものだった。




