第三十四章 風の囁き
月が昇る頃、エマは一人で裏庭に立っていた。今日も一日、ルークと過ごした時間が、夢のように思い返される。
「どうして、こんなにも心が揺れるのかしら……」
月詠みの花が、エマの問いかけに応えるように、柔らかな光を放った。その光は、まるでエマの心を映し出すかのよう。
「エマ、まだ起きていたのね」
マリーお婆さんが、静かに庭に入ってきた。
「マリーお婆さん……私、分からなくなってきたんです」
「何がかね?」
「ルークさんといると、心が温かくなって、でも同時に切なくて……」
マリーは優しく微笑んだ。
「それが恋というものよ。あなたにも女性としての素直な感情が芽生えてきたのね」
エマは息を呑んだ。そうか、これが恋なのか。前世では仕事に没頭するあまり、こんな感情を抱く余裕すらなかった。
「でも、ルークさんはきっと、いつか旅立ってしまう……」
「そうかもしれないね。でも、それを恐れて心を閉ざすのは、もったいないことじゃよ」
マリーは月詠みの花に手を触れた。
「花は、いつか散ることを知っていても、精一杯咲こうとする。それが生きるということなのよ」
その言葉が、エマの胸に深く沁みていった。
「今を生きること……ルークさんも、同じことを言っていました」
「そう、二人とも同じことに気付いているのね」
夜風が二人の周りを優しく包み込む。その風は、どこかルークの仕草を思わせるような、温かな存在感があった。
「私……強くなりたいです」
「ほう?」
「いつか別れが来ることを知っていても、今この時を精一杯生きられる強さが欲しいんです」
マリーは満足げに頷いた。
「その想いこそが、あなたを成長させるのよ。さあ、もう一つ大切なことを教えてあげましょう」
お婆さんは、月詠みの花から一輪を摘み取った。
「この花のエキスで染めた糸は、想いを最も強く伝えることができるの。あなたの気持ちを、布に込めてみなさい」
エマは、その花を受け取った。その瞬間、これまでにない創作意欲が湧き上がってくるのを感じた。




