第三十三章 風の調べ
第三十三章 風の調べ
その日から、エマとルークの共同作業が始まった。朝は羊飼いの丘で風の性質を学び、昼は工房で布を織り、夕暮れには出来上がった布地の試験を重ねる。
エマの工房は、以前にも増して不思議な空気に満ちていた。風に導かれる糸、祝福の光を放つ布、そして二人の呼吸が重なり合う静かな時間。
「エマ、この模様を見て」
ルークが織り上がった布地を窓際にかざした。陽の光を通すと、布地の中に風の流れが浮かび上がる。まるで、空気の層が可視化されたかのような美しさだった。
「まるで、風が歌っているみたい……」
エマの言葉に、ルークは柔らかな笑みを浮かべた。
「君の感性は本当に素晴らしい。風の声が聞こえるんだね」
その褒め言葉に、エマは頬が熱くなるのを感じた。以前なら、こんな風に心が揺れることはなかっただろう。ただ作品の完成だけを見つめていた前世と違い、今は確かな温もりを感じていた。
「ねえ、ルークさん」
「なんだい?」
「あなたは、いつまでこの村にいるつもりなんですか?」
問いかけた自分の声が、少し震えているのが分かった。ルークは窓の外を見つめ、少し考え込むような表情を見せる。
「それはわからない。ただ、風が教えてくれるだけなんだ」
その答えに、エマの心が小さく締め付けられた。ルークは風のように自由な存在。いつかは必ず、この村を去っていくのだ。
「でも、エマ」
ルークが真剣な眼差しでエマを見つめた。
「今このときを、精一杯大切にしたい。君との創作は、僕にとっても新しい発見の連続なんだ」
エマは黙って頷いた。確かにその通りだ。今を全力で生きること。それは前世で学びそこねた、大切な教訓でもあった。
「私も、今、このときを大切にしたいです」
夕陽が工房に差し込み、二人の影を壁に映し出す。その影は時折重なり、また離れ、まるで風に踊る葉のように揺れていた。
工房の外では、マリーお婆さんがハーブを摘みながら、二人の様子を見守っていた。
「若い心の揺れは、春風のようなもの。でも、その風に種が運ばれ、新しい花が咲くのじゃ」
お婆さんの言葉が、夕暮れの空気に溶けていく。エマの心に芽生えた感情は、確実に育ちはじめていた。




