第三十一章 風の誘い
夕暮れ時、エマの工房でルークは興味深そうに織機を見つめていた。その姿は、まるで風のように自由で、かといって決して軽薄ではない。深い知性を秘めた瞳が、エマの作品一つ一つをじっくりと観察している。
「君の布には、不思議な力が宿っているね」
「『祝福の雫』と呼ばれる力です」
エマは、織りかけの布に手を触れた。すると布地が微かに発光し、かすかな波動を放つ。
「面白い……」
ルークが近づいてきて、エマの隣に立った。その存在感に、エマの心臓が少しだけ早く打ち始める。
「風の力と、この祝福の力を組み合わせることはできないだろうか」
「組み合わせる……ですか?」
「ああ。風は目に見えないものだけど、君なら布に風の動きを織り込めるかもしれない」
エマは、思わず息を呑んだ。それは今まで誰も試みたことのない挑戦だった。
「でも、どうやって……」
「明日、僕と一緒に羊飼いの丘に来ないか? 風の性質を、実際に感じてもらいたい」
エマは少し考え込んだ。確かにこれは貴重な機会だ。しかし、どこか警戒すべき部分もあるのではないか。
その時、裏庭で月詠みの花が、いつもより明るく輝いた。それは、まるでエマの背中を押すかのような輝きだった。
「分かりました。ご一緒させていただきます」
工房を去るルークの後ろ姿を見送りながら、エマは自分の心の高鳴りに気づいていた。それは単なる好奇心だけではない。何か運命的なものを感じさせる、不思議な感覚。
「エマ、大丈夫?」
リーゼが心配そうに覗き込んできた。
「ええ。でも……何だか不思議な予感がするの」
「そうね。でも、あの人の目は澄んでいたわ。きっと、悪い人じゃないわ」
エマは空を見上げた。夕焼けに染まる雲が、風に流されていく。その様子は、まるで自分の心のように揺れ動いていた。
この出会いが、自分をどこへ導いていくのか。その答えは、まだ風の中に隠されているようだった。




