第三十章 風の予感
春の訪れを告げる風が、エマの工房の窓を揺らした。銀色の髪を持つ少女は、織りかけの布から顔を上げ、ふと空を見上げる。
いつもと違う風が吹いている。そんな予感が、エマの心をかすかに揺らせた。
「この風……なにか、特別な力を感じるわ」
エマは立ち上がり、窓を開けた。すると、まるで待っていたかのように、温かな風が部屋に流れ込んできた。風に乗って、遠くから鈴の音のような響きが聞こえる。
「エマ! 大変なの!」
階下から、リーゼの声が響いた。
「中央広場に、不思議な旅人が来てるわ。風を操る術を持ってるって!」
エマの胸が、小さく高鳴った。先ほどの風は、その旅人が起こしたものだったのかもしれない。
「行ってみましょう」
工房を出たエマたちの前に、春の光に満ちた石畳の通りが続いていた。桜の花びらが風に舞い、まるで道案内をするかのように、二人の前を駆けていく。
中央広場に着くと、既に大勢の村人が集まっていた。その中心に一人の青年が立っている。銀色がかった青い髪を風になびかせ、右手に細い杖を持っていた。
「風よ、踊れ」
青年が杖を振ると、周囲の空気が目に見えるように渦を巻き始めた。桜の花びらが宙に舞い上がり、まるでリボンのような軌跡を描く。
「まるで、風が見えるみたい……!」
エマは思わず声を上げた。その瞬間、青年の視線と自分の視線が重なった。深い碧色の瞳。その中に、どこまでも自由な魂が宿っているのが見えた。
「君は……面白い才能を持っているね」
青年が、まっすぐにエマに向かって歩いてきた。風が二人の周りを優しく包み込む。
「風の力が見えるんだ。それに、君の作る布からは不思議な波動を感じる」
「あなたには、私の祝福が見えるんですね」
エマは、自分の声が少し震えているのを感じた。それは恐れではなく、何か運命的なものに出会った時の、心の揺らぎだった。
「僕の名前はルーク。風を司る術士だ」
「私はエマ・ヴァンローズ。この村の織り手です」
二人の間に流れる風が、少しだけ強くなった。それは、まるで何かの始まりを告げているかのようだった。




