第二十八章 「母の願い」
食事会から数日が経った朝、エマは不思議な夢を見て目覚めた。前世の母との思い出。病床で苦しむ自分に、母がスープを作ってくれた記憶。
「そうだったわ……」
エマは窓辺に立ち、朝もやの立ち込める空を見つめた。前世では気付かなかった。母の作ってくれたスープには、どれほどの愛情が込められていたのかを。
「おはよう、エマ」
裏庭で作業をしていると、マリーお婆さんが訪ねてきた。
「ああ、その表情。何か大切なことを思い出したのね」
エマは静かに頷いた。
「母のことを、夢で見たんです。私、母の気持ちを全然分かっていなかった」
マリーは、エマの傍らにしゃがみ込んだ。
「でも今なら分かるでしょう? 母の想いというものが」
「はい。ミラちゃんたちと過ごすようになって、少しずつですが」
エマは七色の豆の茎に手を触れた。温かな脈動が、掌に伝わってくる。
「不思議です。この豆を育てながら、私の中で何かが変わっていく。まるで、母から子へと受け継がれる愛のように……」
マリーは満足げに微笑んだ。
「その気付きこそが、母なる大地からの最大の贈り物なのかもしれないわ」
その日の午後、エマは孤児院を訪れた。中庭では、子供たちが楽しそうに遊んでいる。その中に、以前とは違うミラの姿があった。
「お姉ちゃん、見てて!」
小さな女の子の手を引きながら、ミラが駆け寄ってきた。その表情には、確かな光が宿っている。
「リリーったら、まだ走るのが怖いんです。でも大丈夫、お姉ちゃんが付いているから!」
エマは、胸が熱くなるのを感じた。ミラの中にも、人を思いやる温かさが育ち始めている。それは、まるで小さな命の芽吹きのよう。
「ミラちゃん、素敵よ」
「えへへ。エマお姉ちゃんのスープみたいに、私も誰かを温かい気持ちにできたらいいな」
その言葉に、エマは心の奥が震えるのを感じた。愛情は、こうして受け継がれていくのだ。母から子へ、そして、その子からまた誰かへと。
夕暮れ時、エマは工房に戻りながら空を見上げた。茜色に染まる雲の間から、優しい光が差し込んでいる。
(お母さん、今の私を見てもらいたかった……)
風が吹き抜け、エマの銀髪を優しく撫でていった。その感触は、まるで母の手のように温かだった。
エマは、自分の腕に温もりを感じていた。それは、誰かを包み込む母の腕のような、確かな強さを持っていた。




