第二十五章 「七色の実り」
初夏の陽射しが強くなり始めた頃、エマの庭に奇跡のような光景が広がっていた。七色に輝く豆が、まるで宝石のように実をつけ始めたのだ。
エマは息を呑んで、その美しさに見入っていた。一つ一つの豆が、朝露を受けて虹色に煌めいている。
「なんて不思議なの……」
手を伸ばすと、豆からかすかな温もりが伝わってきた。それは、まるで小さな命の鼓動のよう。
「エマー! ちょっといい?」
そこリーゼが、レース編みの籠を抱えて駆けてきた。その足取りには、いつもの軽やかさがない。
「どうしたの?」
「孤児院のミラちゃんが、また食事を受け付けないの。あの子、両親を亡くしてから、心を閉ざしてしまって……」
エマは、ふとある考えが浮かんだ。
「リーゼ、この豆を少し分けあげてもいいかしら?」
マリーお婆さんの言葉を思い出す。この豆には、人の心を温める不思議な力があるという。
「これを使って、ミラちゃんのために何か作ってみたい」
エマは台所に立った。前世の記憶を頼りに、豆と野菜のスープを作り始める。不思議なことに、豆を鍋に入れた瞬間から、優しい香りが立ち始めた。
「この香り……」
リーゼが目を細める。
「まるでお母さんの作ってくれたスープみたい」
エマも感じていた。この香りには、懐かしさと温かさが不思議に混ざり合っている。まるで、誰かの優しい腕の中にいるような安心感。
できあがったスープは、七色の光を湛えていた。一口飲むと、体の芯から温かくなり、心が静かに満たされていく。
「さあ、孤児院に行きましょう」
二人が孤児院に着くと、庭で一人佇むミラの姿が見えた。八歳の少女は、悲しそうに空を見上げている。
「ミラちゃん」
エマが優しく声をかける。少女は無表情で、しばらくエマを見つめていたが、スープの香りに気付いたのか、少しだけ表情が和らいだ。
「このスープ、良かったら飲んでみない?」
ミラはしばらく躊躇していたが、やがて黙ったまま、おずおずとスプーンを手に取った。そして一口すすると、突然、大粒の涙が頬を伝い始めた。
「お母さん……お母さんのスープの味がする……!」
エマは思わずミラを抱きしめた。少女の体が震える。それは悲しみだけでなく、長い間閉ざしていた感情が溢れ出す震えだった。
「ミラちゃん……」
エマの胸に、温かいものが込み上げてくる。前世では気付かなかった、人の心に寄り添うことの大切さ。そして、母性とは必ずしも血のつながりだけではないのだと。
その日から、エマは定期的に孤児院を訪れるようになった。七色の豆のスープを携えて、子供たちと過ごす時間は、エマの心をどんどん豊かにしていった。
(私の中で、何かが、確かに変わっていっている……)
畑を見つめながら、エマは静かに微笑んだ。豆の茎が風に揺れ、まるで手を振っているかのよう。その光景は、エマの新しい人生の始まりを優しく祝福しているように見えた。




