第二十三章 明けゆく心
夜市の開かれている広場で、エマのショールは確かな力を発揮した。体調を崩した老婆の肩に掛けられると、不思議な温もりが広がり、顔色が見る見る良くなっていった。
「まるで優しい月の光に包まれているような……」
老婆は、穏やかな表情で目を閉じた。
「ありがとう、エマさん。こんな優しい布地は初めてです」
エマは静かに頷いた。この温もりは、単なる技術だけで生まれたものではない。ルナとの日々で培った思いやりの心が、確かな形となって表れたのだ。
「エマ、すごいわ!」
クララが駆け寄ってきた。
「この温もり、私たちの羊の毛とは思えないくらい……」
「ううん、これはみんなの力が重なり合ったからよ」
エマは空を見上げた。まだかすかに月が残っている。
(ルナ、見ていてくれるかしら?)
その時、工房に戻ろうとしたエマの目に、思いがけない光景が飛び込んできた。庭の月詠みの花の周りに、小さな白い羽根が何枚も散りばめられていたのだ。
「これは……」
近づいてみると、それは間違いなくルナの羽根だった。しかし不思議なことに、それらの羽根は土に還ることなく、月詠みの花の中に溶け込むように消えていった。
「ああ、始まったのね」
マリーお婆さんが、静かな声で言った。
「何がですか?」
「新しい命の目覚め。あの子が残していった祝福が、花々に宿り始めたのよ」
エマは息を呑んだ。確かに月詠みの花は、いつもより深い紫色を帯び、その中心から優しい光を放っている。
「生きとし生けるものは、このように繋がっているの。誰かに与えた優しさは、また別の形で命を育んでいく」
マリーの言葉に、エマは深く頷いた。
「私も、やっと分かってきたかもしれない」
エマは、自分の手のひらを見つめた。そこには、まだかすかにルナの羽根の感触が残っていた。
「作品を作るということは、命を紡ぐことなのね。誰かの心に、温かな光を灯すために」
朝日が昇り、新しい一日が始まろうとしていた。エマの銀髪が、朝の光を受けて輝く。それは、月光の名残のようでもあり、新しい夜明けの予感のようでもあった。
工房に戻ったエマを、月詠みの花が柔らかな光で出迎えた。花びらの一枚一枚に、確かな生命の鼓動が宿っている。
(ありがとう、ルナ。私に本当の創作の喜びを教えてくれて)
エマの心に、静かな決意が芽生えていた。これからも、命の輝きを織り込んでいこう。誰かの心に、優しい月明かりのような癒しをもたらすために。
エマの新しい物語が、静かに、しかし確かな光を放ち始めていた。




