第二十二章 月夜の別れ
庭に立つエマの前で、ルナが大きく羽を広げた。その純白の羽は、月光を受けて神秘的な輝きを放っている。
「もう、飛べるのね」
エマの声が、夜風に溶けていく。胸の中に、温かな寂しさが広がっていた。
ルナは静かに舞い上がり、工房の屋根に降り立った。そして、月に向かって凛とした声で鳴いた。その声は、まるで感謝の歌のようだった。
「エマ! 大変なの!」
その時、リーゼが息を切らして駆けてきた。
「夜市で、お客様が倒れてしまって……。でも、誰も介抱する布を持っていなくて」
エマは、ハッとした。自分の織りかけていたショールが、まさにそのための品だったのだと気付く。
「ルナ、ありがとう」
エマは月を見上げた。
「あなたは、私に大切なことを教えてくれた。誰かのために何かをすること。それが、私の本当に作りたかったものだったのね」
満月が、ゆっくりと雲間から姿を現す。その光を浴びて、ルナの羽が一層明るく輝いた。
「さようなら……」
エマがそっと呟いた時、ルナは一枚の羽根を残して飛び立った。風に乗って舞い落ちる白い羽根を、エマは両手で受け止めた。
「これは……」
「エマ、見て!」
リーゼが声を上げた。羽根から放たれた光が、工房の中で織りかけていたショールに吸い込まれていくのが見えたのだ。布地全体が月明かりのように輝き、これまでにない温かな波動を放ち始めた。
「これが、本当の意味での『祝福の雫』なのね」
マリーお婆さんが、いつの間にか傍らに立っていた。
「ルナとの絆が、あなたの作品に新しい命を吹き込んだのよ」
エマは、完成したショールを手に取った。その布地からは、月の光のような癒しの力が溢れ出ている。それは、ルナとの日々で学んだ思いやりの心が、形となって表れたものだった。




