第十九章 月影の訪れ
満月の夜、エマの庭に銀色の光が降り注いでいた。月詠みの花は、いつもより鮮やかな紫色の輝きを放っている。
「今夜は特別な月夜ね……」
エマはそっと庭に足を踏み出した。月の光を浴びて、銀色の髪が煌めく。
その時、不意に何かが庭に落ちてきた音がした。振り向くと、月光に照らされた白いものが、ハーブの茂みの中で蠢いていた。
「あら……」
近づいてみると、それは白いフクロウだった。片方の翼を痛めているらしく、うまく飛べない様子。
「大丈夫?」
エマが手を差し伸べると、フクロウは鋭い目つきでエマを睨みつけた。その瞳には、「人間など信用できない」という意思が明確に宿っていた。
(この子、とても誇り高いのね……)
エマは前世の記憶を思い出していた。自分も、誰かの助けを借りることを潔しとしなかった。その結果、一人で抱え込みすぎて、命を削ってしまった。
「私にも分かるわ。でも、時には助けを借りることも大切なの」
エマはゆっくりと、月詠みの花の方へと歩み寄った。花から滴る露を集め、小さな器に注ぐ。
「これを、飲んでみない?」
フクロウは警戒しながらも、喉の渇きには勝てなかったようだ。おずおずと近づき、器の水を飲み始めた。
その瞬間、月詠みの花が不思議な輝きを放った。フクロウの傷ついた翼に、かすかな光が宿る。
「ああ……」
エマは息を呑んだ。月詠みの露には、確かな癒しの力が宿っていたのだ。
(これも、「祝福の雫」の力なのね)
翌朝、エマが目覚めると、フクロウは庭の片隅で静かに休んでいた。まだ完全には飛べないものの、昨夜よりは随分と元気そうだった。
「おはよう。今日は名前を考えましょうか」
エマは静かに語りかけた。
「あなたの羽は、まるで月光を織り込んだような美しさ。だから、『ルナ』って呼んでもいい?」
フクロウは、初めて柔らかな目つきでエマを見つめ返した。それは、名前を受け入れたという意思表示のように見えた。