第十五章 恵みのスープ
梅雨の晴れ間、エマの工房に次々と村人たちが訪れていた。
「エマちゃん、うちの畑のにんじんが採れたの」
「この玉ねぎ、余ったから分けてあげるね」
「ジャガイモが豊作でね。よかったら使って」
気が付けば、作業台の上には色とりどりの野菜が山積みになっていた。エマは、その一つ一つに込められた村人たちの想いを感じていた。
「でも、こんなにたくさん……どうしよう?」
考え込むエマの耳に、遠くから鐘の音が響いてきた。昼を告げる時計塔の音色。その音を聞きながら、ふと思い出した。
「そうだわ。スープを作りましょう」
前世では、コンビニの野菜スープで済ませることが多かった。でも今は違う。目の前には、村人たちの想いが込められた新鮮な野菜がある。
「アンナさん、スープ用の器を作ってもらえないかしら?」
陶芸家のアンナは、エマの提案に目を輝かせた。
「いいわね! 私も新しい釉薬を試してみたかったの。みんなで使えるような、温かみのある器を作りましょう」
その日から、エマの工房では新しい試みが始まった。アンナが作る器に合わせて、エマは野菜を刻んでいく。
「ねえ、このにんじん、何か光っているように見えない?」
リーゼが不思議そうに覗き込む。確かに、切り口から微かな光が漏れている。
「ああ、これは『祝福の雫』ね」
マリーお婆さんが説明してくれた。
「畑仕事をする人の想いが、野菜に宿ったしるしよ。その野菜で作った料理は、特別な癒しの力を持つの」
エマは、改めて野菜たちを見つめた。一つ一つの野菜に、育ててくれた人の顔が浮かぶ。
「じゃあ、このスープも……」
「そう、みんなの想いが溶け込んだ特別なスープになるはずよ」
火にかけられた鍋から、香り高い湯気が立ち昇る。エマは、マリーお婆さんから教わった通り、一つ一つの野菜に感謝しながら、丁寧にスープを作っていく。
「まるで、作品を作るときのように……」
つぶやきながら、エマは気付いた。料理も創作なのだと。素材との対話、工程の大切さ、想いを込めること。すべては工芸と同じだった。
夕暮れ時、エマの工房に村人たちが集まってきた。アンナの作った温かみのある器に、エマの作ったスープが注がれていく。
「あら……」
スープを口にした瞬間、マリーお婆さんの目が潤んだ。
「なんて優しい味なの」
それは単なる野菜スープではなかった。村人たちの想い、大地の恵み、そしてエマ自身の感謝の気持ちが溶け込んだ、特別なスープだった。
「このスープ、不思議と心が温かくなるわ」
クララが、幸せそうに微笑む。
「それもそのはず」
マリーお婆さんが静かに説明した。
「これは『祝福のスープ』。野菜に宿った祝福の力が、飲む人の心まで温めているのよ」
エマは、自分の器を見つめた。スープの表面に映る夕陽が、まるで小さな希望の光のように揺らめいている。
(ああ、これが本当の意味での創作なのね)
前世では、完璧な作品を作ることだけに執着していた。でも、本当に大切なのは、想いを込めること。それは工芸品でも、料理でも、同じなのだと。
「ねえ、エマ」
リーゼが提案した。
「これからは週に一度、みんなでスープを飲む会をしない? 野菜を持ち寄って、想いを分け合うの」
「素敵な提案ね」
アンナも賛同する。
「私も新しい器を作り続けるわ。エマのスープに相応しい器をね」
エマは、深く頷いた。また一つ、新しい伝統が始まろうとしていた。それは、村人たちの想いと、大地の恵みを分かち合う、温かな集いになるはずだった。
工房の窓から差し込む夕陽に照らされて、スープの湯気が金色に輝いている。その光は、まるでエマの心の温もりを映し出しているかのようだった。