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第十三章 光の織り目

 夕暮れ時、祭りは最高潮を迎えようとしていた。教会の周りには、村人たちが三々五々と集まってきている。


 エマは、祭壇の前で静かに目を閉じていた。風鈴の音色が、まるで祈りの言葉のように響いている。


「エマさん」


 ヴィルヘルム神父が、優しく声をかけた。


「伝統では、祭壇飾りを作った職人が、最初の祈りを捧げることになっています」


「私が……?」


「ええ。あなたの言葉で、想いを伝えてください」


 エマは深く息を吸い込んだ。前世では、プレゼンテーションで堂々と話すことはできた。でも、こんな風に心を込めて祈りを捧げるのは初めてだった。


「光の谷に集う、すべての方々へ」


 エマの声が、静かに教会に響き渡る。


「私は、今、初めて知ることができました。本当の創作とは、決して一人で成し遂げるものではないということを」


 風鈴が、そっと音色を奏でる。


「自然との対話、仲間との響き合い、そして伝統の重み。すべてが織り合わさって、初めて温かな作品が生まれる」


 エマは、祭壇飾りに手を触れた。


「この作品には、光の谷で出会ったすべての方々の想いが込められています。職人の技、商人の誠実さ、農民の勤勉さ……。そして何より、この地に降り注ぐ雨と光の恵み」


 その時、不思議なことが起きた。エマの手から、淡い光が広がり始めたのだ。それは祭壇飾りの端から端へと伝わり、やがて教会全体を優しく包み込んでいく。


「ああ……」


 村人たちから、感嘆の声が漏れる。


「職人の祝福が、こんなにも大きな広がりを見せるとは」


 ハインリヒ長老が、感動に震える声で呟いた。


 光は、マリーお婆さんの染めた布からレースへ、陶器から風鈴へと伝わっていく。それぞれの作品が、まるで息づくように輝きを放ち始めた。


 エマの心に、温かな記憶が蘇る。リリーとの織物の練習、アンナとの朝の語らい、ルーカスとの共同制作……。そして、マリーお婆さんから教わった数々の知恵。


(ああ、私の作品は、この光の谷で出会ったすべての人々との絆から生まれたもの……)


 エマの頬を、一筋の涙が伝う。でもそれは、前世のような苦しみや孤独の涙ではない。深い感謝と喜びの涙だった。


「見て! 外も!」


 誰かが声を上げた。教会の扉を開けると、雨上がりの空に大きな虹が架かっていた。その虹は、まるで祭壇飾りの色彩をそのまま空に映し出したかのよう。


「エマ」


 マリーお婆さんが、静かに近づいてきた。


「あなたは、私たちの谷に新しい祝福をもたらしてくれた」


「いいえ、私は……」


「謙遜することはないのよ」


 マリーは、やさしく微笑んだ。


「あなたが本来持っていた感性と、この地で学んだ伝統が、こうして見事な実を結んだのだから」


 エマは、ゆっくりと頷いた。そうだ。自分は前世の経験を否定するのではなく、それを新しい形で活かすことができたのだ。


 夕暮れの光が祭壇を照らし、無数の風鈴が静かな調べを奏でている。その音色は、まるで光の谷そのものの祈りの声のようだった。



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