第十二章 祝福の雨音
雨霽れ(あまはれ)の祭りの朝は、まだ小雨が降り続いていた。しかし、光の谷の人々の表情は明るい。なぜなら、この雨上がりこそが、祭りの始まりを告げる祝福だからだ。
聖ルチア教会の中では、早朝から準備が進められていた。
「エマ、このレースの端を、こちらに……」
「はい、リーゼ。アンナさん、陶器の位置は少し右に」
エマがデザインした祭壇飾りが、少しずつ形になっていく。マリーお婆さんの染めた布が中央に広がり、その周りをリーゼのレースが縁取る。アンナの陶器が雨滴のように配置され、そこにルーカスの風鈴が優雅に吊るされていく。
「まるで、空から祝福が降り注いでくるみたい」
クララが感嘆の声を上げた。
「ねえ、私の羊毛で作った雲の飾りも、上の方に添えてみない?」
「素敵な案ね」
次々と仲間たちのアイデアが加わり、祭壇飾りは徐々に豊かな表情を帯びていった。
そこへヴィルヘルム神父が、年長の職人たちを伴って姿を現した。
「エマさん、これは……」
神父の声が、感動に震えている。
「まさに『天からの祝福』そのものですね」
ハインリヒ長老が、深く頷きながら言った。
「私たちの谷に伝わる伝統と、新しい感性が見事に調和している」
その言葉に、エマは深い安堵を覚えた。自分の作品が、伝統を重んじる長老たちの心にも届いたのだ。
正午を過ぎた頃、雨は静かに上がり始めた。教会の鐘が、祭りの始まりを告げる。
「エマ」
マリーお婆さんが、静かに声をかけた。
「あなたに、この祭りの言い伝えを話しておきたいの」
二人は教会の小さな中庭に出た。地面からは、雨上がりの清々しい香りが立ち昇っている。
「雨霽れの祭りは、光の谷の古い言い伝えと結びついているのよ」
マリーは、遠い空を見つめながら語り始めた。
「昔、この谷が長い日照りに苦しんでいた時、一人の巡礼の職人が訪れたの。彼は人々に『祈りを作品に込めなさい』と教えた」
「祈りを、作品に……」
「そう。職人たちは心を一つにして、雨を願う作品を作り続けた。すると、その祈りが天に届いたのか、豊かな雨が降り始めたという」
マリーは、エマの作った祭壇飾りに目を向けた。
「あなたの作品を見て思い出したの。あの時の巡礼の職人も、きっとこんな風に、みんなの想いを一つに束ねたのではないかって」
エマの胸に、温かいものが込み上げてきた。そうか。自分は知らず知らずのうちに、谷の古い祈りの形を体現していたのだ。
その時、一条の光が雲間から差し込んだ。教会のステンドグラスに陽光が当たり、祭壇飾りを虹色に照らし出す。風鈴が風に揺られ、清らかな音色を響かせ始めた。
「ほら、始まるわよ」
マリーが、柔らかく微笑んだ。
「光の谷の、新しい物語が」