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第十一章 雨霽れの調べ


 「雨霽れ(あまはれ)の祭り」まで、あと一週間。光の谷の職人たちは、それぞれの工房で準備に追われていた。


「エマ、この布の具合はどう?」


 リーゼが、レース編みの工房からやってきた。真珠のように透明感のある糸で編まれたレースは、雨粒を模したような繊細な模様が浮かび上がっている。


「素敵……! まるで朝露が糸になったみたい」


「でしょう? ルーカスの風鈴に合わせて作ってみたの」


 エマの工房は今や、職人たちが行き交う交差点のようになっていた。アンナの陶器、クララの羊毛細工、そしてリーゼのレース。それぞれの作品が、風鈴と響き合うように置かれている。


「みなさん、お待たせしました」


 マリーお婆さんが、染め上がった布を抱えて入ってきた。


「『雨上がりの空』って名付けたのよ。エマの織る布に、特別な染料で色付けしてみたの」


 広げられた布は、まるで実際の空のように青から紫へと染め分けられ、そこにきらめく雨上がりの虹まで表現されていた。


「マリーお婆さん、これは……」


「月見草のエッセンスに、新しい染料を調合してみたのよ。エマの祝福が染み込んだ布だからこそ、こんな表現ができたの」


 エマは、布に手を触れた。するとそこから、かすかに懐かしい香りが漂ってきた。


「この香り……雨上がりの土の匂い?」


「そう、光の谷の大地の恵みを込めたのよ」


 マリーの言葉に、エマは深い感銘を受けた。自然との対話は、こんなにも深いところまで届くのだ。


 その時、工房の外から歓声が聞こえてきた。


「見て! 虹が!」


 エマたちが外に飛び出すと、梅雨の晴れ間に、大きな虹が谷を跨いでいた。


「ほら、空の色が、エマの布と同じだわ」


 クララの言葉に、みんなが顔を見合わせて微笑んだ。


「これは、きっと祭りが成功する予兆ね」


 アンナが、陽光に輝く虹を見上げながら言った。


 その夜、エマは一人で作業を続けていた。月明かりの下、風鈴たちが静かな音色を奏でている。


(このみなさんの想いを、どうやって一つの形にできるだろう?)


 考え込むエマの耳に、風鈴の音が心地よく響いてくる。そうだ。それぞれの音色が重なり合って、一つの調べになるように。


「みんなの作品を、一つの祈りにまとめるのよ……!」


 エマは、新しいデザインを描き始めた。マリーお婆さんの染めた布を中心に、レースと陶器のパーツを配置し、その周りをガラスの風鈴が取り囲む。それは、まるで光の谷そのものを表現するかのような、大きな祭壇飾りになるはずだった。


 夜が更けていく中、エマの手は休むことなく動き続けた。でも不思議と、疲れは感じなかった。むしろ、作品と向き合うほどに、心が澄んでいくような感覚。


 それは前世では決して味わうことのできなかった、創作の純粋な喜びだった。


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