和菓子屋のアイドルの裏側
アイドル。とびきりの嘘と愛が売りの彼女たちは、実は昔から存在した。
「はーい、鍵屋名物、お仙のお茶と団子でーす!」
にっこり笑ってお茶を運んできた彼女に、男性客は目尻も鼻の下も全部下がっただらしない笑顔を返す。
笠森お仙。父親の経営する茶屋「鍵屋」で働いていた彼女は、後に江戸の三美人に選ばれた江戸のトップアイドルだった。その容貌の美しさは数々の錦絵に残されており、彼女の美人画はもちろん手ぬぐいや双六などの推しグッズも飛ぶように売れたという。
鍵屋は「その美貌を一目、見てみたい」と押し寄せる男性客たちで連日満員だった。そうしてお仙の知名度が上がるとお仙のファンも増えていき、彼女をモチーフにした舞台やお仙の名前を入れた手毬唄まで作られた。
お仙は江戸中を魅了した、まさに究極の会いに行けるアイドルだったのである。
「ったく、助平な男ばっかり来て嫌だねぇ」
今日も今日とて愛想を振りまくお仙は、店の裏に下がると思い切り悪態をつく。
自身の美しさを持て囃されるのはいいが、ここ最近は特に熱狂的なファンがしつこく絡んでくるのでお仙は苛立っていた。そもそも彼女は茶屋で働くこと自体、大して楽しいとは思っていない。とっとと嫁に行って、早くこの仕事を終わらせたいというのがお仙の本音だった。
「毎日毎日、クソ親父にこき使われるだけでも腹立つのに最近じゃアタシの顔見てデレデレする連中ばっかり……本当、最近の客どもは気持ち悪い奴ばかりだよ」
一人でぶつぶつ、そう言っているうちにお仙はヒートアップしていく。SNSもない、娯楽も令和より少ないこの時代にお仙のフラストレーションは溜まる一方だった。それを爆破させた彼女は、普段の可愛らしい姿からは想像もできないほど汚い表情と言葉で好き勝手ものを言い続ける。
「特に、最近来るようになったあの馬面の客。ろくに団子も買わないくせに、ダラダラよだればっかり垂らして……馬なら大人しく草でも食ってりゃいいんだよ!」
そう言い切ったお仙の後ろで、「耐えられない」と言いたげにさっと誰か走り去る音が聞こえる。そこでお仙は、はっと振り返った。
お仙が目にしたその後ろ姿は、例の馬面の客のものだった。
江戸を代表するアイドルとして君臨したお仙はある日、唐突に茶屋から姿を消した。
その後の彼女は御庭番の男性に嫁ぎ、幸せになったというが……裏で一人の男性客が咽び泣いたことは誰も知らない事実である。




