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短編

マヨネーズジュースを飲んでいた彼女

 部屋に帰ると友子がいなかった。


 あいつの大好きなマヨネーズジュースだけがテーブルの上にあった。もちろん俺にそれを飲む趣味はない。一度も飲んでみたことはない。飲むやつの気が知れない。


 マヨと鶏肉汁とレタスをジューサーにかけた友子手作りのマヨネーズジュースだ。クリーミィな黄色をグラスの中に浮かべている。氷もまだ溶けてはいない。一口も飲んでいないようで、唇紋すらついていなかった。


 まったく……。どこへ行ったのやら。しかし文句は言えない。洗濯物はきちんと取り込まれ、掃除もちゃんとされている。インコの餌と水も補充されているし、冷蔵庫を開けると今日飲むぶんのビールはじゅうぶんにあった。


 買い物にでも行ってるのだろうか? 見たところ必要なものなんてなさそうだが、たとえば急に花椒をうどんに振りかけたくなったとか? それだけのために?


 用事なんてネットで済むはずだ。誰かに会いにでも出掛けているのか? まさか、俺の他にも男がいたりして?


 いや、それはない。


 なぜならテーブルの上に、あいつの大好きなマヨネーズジュースが置きっぱなしだからだ。


 氷がまだ溶けていないのだから、出掛けてからまだ間もないはずだ。そしてすぐに帰って来るはずだ。


 待とう。





 壁時計が音もなく時の中を進み続ける。


 外で犬が吠えている、近所に犬を飼っている家は一軒もない。


 ケージの中のインコは眠ったように目を開き、じっと中空の一点を見つめ続けている。


 マヨネーズジュースの中の氷は溶けきって、クリーミィな黄色い層を下から持ち上げながら、水晶玉の色をして、見たこともない老婆の顔を浮かべている。



 ふと、思った。


 友子と俺の関係って、何だったろうか?


 夫婦? 恋人? 兄妹? それとも……


 いつもの俺達の部屋だ。それは間違いない。見知ったものばかりがある。その中にただ、友子だけがいない。


 他のものはすべてあるのに彼女だけがいない。


 本当に彼女は存在したのだろうか?



 ふと、思う。


 俺は、誰だったろうか?


 どんな仕事をしている? あるいは学生なのか? 何歳なんだ?


 本当に俺は存在しているのか?


 部屋にあるものだけが現実で、俺はもしかしたら誰かの妄想なのではなかろうか?


 そんなことを思っていると友子が帰って来た。スーパーの袋の音をガサガサ言わせて。


「ただいまー。マヨネーズ使いきっちゃったから買いに行ってたの。ごめんね」


 幻だった。俺はテーブルの上のマヨネーズジュースを口にしたところだった。


 友子が存在しないのなら、これを作ったのは自分ということになる。これが口に合うなら友子は存在しないということになる。


 俺が存在しないのなら、味を感じることもないだろう。味がしなければ、俺は存在しないということになる。


 俺はそれを口に含み、ドロドロの液体を喉に流し込むと、思わず唸った。


「なんだこれは……。意外にうまい!」


「でしょ!?」

 隣の部屋に隠れていた友子が勢いよく姿を現し、嬉しそうに笑った。

「やった! ようやく飲んでみてくれた!」





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― 新着の感想 ―
どこがハッピーエンドで純文学なのか、わからない…… これはホラーでしょ。
2024/10/20 19:04 退会済み
管理
[良い点] 流れてくる不穏な空気(しかも2回くらい流れた) からの見事なオチ!! すごくあったかい気持ちになりました〜( *´﹃`*)
[良い点] 怖い話かな、と思いきやのほっこりオチ。 面白かったです。 [一言] マヨネーズ+鶏肉汁+レタス…どんな味か想像もつきませんね。
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