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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かぬち

作者: 豚ドン

 金床に乗せた、熱せられた鋼に槌を振るい、火花を散らせながら、半生を振り返る。


 私は年端もいかない頃。師父と共に、死の淵に陥りながらも遥かな海を渡り、日出ずる国へと辿り着き、筑前という地に腰を落ち着けた。

 驚いた事に、この日出ずる国では全く想像だにしなかった技法の数々を用いて、刀剣を造るのだ。

 誰が考えついたというのだ、良き玉鋼だけを選別し、紙で固定し、藁灰をまぶし、泥水をかけ、熱し、叩くなど。

 誰が考えついたというのだ、幾度も鉄を折り返し、叩き、不純物を取り除き、純度を上げるなど。

 その他の技法の数々も素晴らしいものであった。奥深さに魅入られた私と師父は、二人三脚で槌を振り続けた。


「俺はいつの日か干将と莫耶を超える刀剣を打つ」


 常日頃から師父は嘯いていた。

 鉄細工や雑多な鍛治仕事で日銭を稼ぎながらも、研鑽の日々を送る。

 しかし、師父自身が満足するほどの宝剣を超える刀剣は打てなかった。


「刻が……暫く足りなんだ。……お前が必ずや! 干将と莫耶を超える刀剣を打つのだ!」


 師父には、いつの日かは訪れず。

 厄介な遺言。否、呪いを遺し、師父は亡くなった。

 霊魂が残っているのならば、今この瞬間に私の背後から、怨めしい目で槌を振るう体を、テコを握る手を乗っ取りたいと考えているであろう。

 しかしながら、師父が嘯く夢など、鍛治職人全ての夢である。


「この千載一遇の好奇を逃してなるものか!」


 槌を振るい続け、数多の刀剣を世に送り出していれば、日出ずる国の都に居られる、さる御方の耳朶に触れ、腕を見込まれ招聘された。

 干将のように最高の鍛造環境を与えられ、材料も最高級である玉鋼。……彼らは龍の尾骨(・・・・)と称していた。その立派な玉鋼を与えられ、己が勘と才覚を信じ、さらには神仏に祈りながら槌を振るう。

 祈るは御方が信奉しているという八幡大菩薩。──南無八幡大菩薩、加護があらんことを、と。


 至極の刻は瞬く間に過ぎる。

 心血を注ぎ、出来上がった二振りの二尺七寸、円拵えの太刀。──まだ無銘である。


「会心の出来栄え」


 豪華絢爛な鞘から刃を抜き、最後の確認を行いながら溜息を吐く。

 何しろたった二振りの太刀を造り上げる為に二月も刻を浪費してしまった。

 研ぎも、拵も、全てを一人で、拘った為に六十日もの刻をかけてしまった。


「伝説の干将のように首を斬られなければ良いが」


 二振りの太刀を傷物にしないように刀袋に入れ、両腕でしっかりと抱え、左京一条の、御方の邸宅へと足を向かわせる。




 御方の邸宅の前にて、郎党であろう男と言葉を二、三ほど交わし、御方は庭で鍛錬中だと聞く。

 老齢であるが御方は元気なものだ。と、考えながら庭へと進めば、風切り音が耳に届く。


 丸太のような木刀を力強く振るう御方。

 此度の依頼者である、源満仲鎮守府将軍。……いや、元だったか?


「もう出来たのか!」


 私の姿を見るや否や、御方は木刀を放り投げ駆け寄ってくる。


「無事に完成致しました」


 口振りから遅すぎた訳では無いと安堵し、刀袋から二振りの太刀を取り出す。

 御方は二振りの太刀を手に持ち、佩き、装飾、重さ、刃の状態をじっくりと確かめる。


「どちらの太刀も、今はまだ無銘で御座います。私が銘打つよりも、御方自らが、銘打つ方がよいかと」


 御方は思案しながら太刀をまじまじと眺めている。……と、邸宅前であった男が足音も無く、軽い身のこなしで御方の前にて跪く。


「来ました。数は六」


「綱よ、そこの鍛冶(かぬち)を守護り、手を出すなよ」


 二人が交わす言葉は少なく。

 私は何が起こるのか皆目検討も付かずに、綱と呼ばれた男に下がるように促される。


「いったい何が……」


ただの(・・・)生き試しよ」


 俄かに、慌ただしい足音と怒鳴り声が聞こえる。……抜き身の太刀を持ち、半首(はっぷり)を装着した鎧の賊。そう、賊であろう、六人がやってくる。


「源満仲! 天誅である!」


 問答など無く、賊の内三人が怒声を上げながら御方に袈裟斬りや刺突を仕掛けようと太刀を振り上げる。


 ──瞬く間の煌めき。

 一人は両腕諸共、首切断。

 一人は大袈裟。

 一人は逆袈裟。

 流れるように斬られた三つの死体が転がる。


「髭まですっぱりとは良き切れ味! 髭切としよう!」


 この御方は心底愉快なのであろう、からからと笑いながら、髭切と銘打った太刀を鞘に収め、もう一振りを抜き、恐れ慄き慌てふためく三人の賊に次々と襲い掛かる御方。


 一人は両腕諸共、胴切断。

 一人は唐竹割。

 最後の一人は前後の縦割りにて、膝まで。


「かか! 素晴らしい! 膝までとは! 膝丸だ、これは膝丸!」


 刃毀れ一つない膝丸の血を拭いながら血濡れの顔で御方は笑う。──超えた、間違いなく干将と莫耶を超えた。


鍛冶(かぬち)よ、何でも褒美をやろう!」


 私はその言葉に対して。


「いつの日か。御方の元で髭切と膝丸を超える刀剣を打ちたいです」


 何の迷いも無く、師父のように己自身を呪う言葉が出た。

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