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鬼の嫁御が欲しいのは

作者: 杉下樹

「なぁ、河童よ。嫁御の欲しいものは何だと思う?」

「親方様、それは御自分でお聞きなさってみては良いのでは?」


座布団の上に胡座をかき、手にした盃を虚ろに見つめながら河童の自分に問う我が親方様。

そんな、親方様が最近お悩みになられているのは、今年娶った人間の嫁御様についてでござった。



親方様は、我等が住む此の山を拠点とし、この辺りの妖怪共を一人で纏め上げる総大将様であった。我等妖怪共は、勿論の事、此の山に迷い混んだ人間までも、道を教え、時には悪戯をする妖怪共を嗜めつつ守りあげる、優しく、お強い御方であった。だが、なにぶん性格が少し、いやかなり厄介なものを御持ちで、心お優しい方ではあるが、素直なお気持ちを伝えるのが、難しい。また鬼である故に上背も高く、筋骨が盛り上がっている、角と牙の生えた親方様はなにかと誤解もされやすかった。

我等妖怪は、付き合いの長い者が多く不器用なお言葉でも、真意を掴むことは出来ていたが、麓の人間共には難しい様で、感謝もあれば恐れもあり、危うい均衡の中で妖怪と人間は共に暮らしていた。


そんな中だった。

人間の女が贄として、麓の人間共から親方様に届かれたのは。


我等の山の中で、白い着物を纏い紅を差した痩せた黒髪の女がひっそりと数々の酒や米と共に居たのだ。

今までも時折、人間共から礼として酒などを山に供えられる事はあったが生身の人間は初めての事であった。

急ぎ、親方様のいる屋敷へ報告すると、親方様が直々に女の方へ出向きになさった。


初めて、女を見た親方様の顔は忘れる事は出来ぬであろう。

共に暮らしていた妖怪共の中で、一等長く仕えて来た己も初めて見るほど惚けて、真っ赤にご尊顔が染まっていたのだから。


親方様は、顔を染めたまま女に次々とお尋ねになった。


「お前は誰だ」

「なぜ此処にいる」

「目的は何だ」


女は真っ赤に染まった親方様の顔を見ると、お怒りになっていると思ったのか、恐れるように答えた。


「私は、麓の村の者です」

「赤鬼様の供え物としてやって参りました」

「近頃、私の村に野盗が襲いかかるようになり、村の者達は夜も眠れませぬ。心お優しい赤鬼様にどうか、村を守って頂くようお願いにやって参りました」


正座のまま、頭を垂れる女の指先は微かに震えてはおったが、声は凛とした響きであった。

そんな女の姿、声に親方様様は益々、惚けたお顔になっておった。一目惚れから、完全に堕ちた男の顔であった。


そこからの親方様は早かった。

屋敷に女を連れ帰ると、寝床と食事を与え、休ませた後に祝言を挙げなさった。

女が休んでいる間、他の妖怪共に娶ることを宣言し、説得する者共を逆に言いくるめ、賛同させ、祝言の支度をさせる手腕は素晴らしいものであった。

女も特に拒否するでなく、村を守って頂くならと承諾し、晴れて出逢って一日足らずで親方様の嫁御様になられた。



そんな風変わりな、ご夫婦となられて、はや半年。

嫁御様との約束も当に果たし、麓の村には野盗一人来ず、我等も時折村の様子見守り、平和な時間が流れている。嫁御様も故郷の人間共が平穏に暮らしている事に、日々親方様、我等にも感謝をお伝えしてくださっていた。

初めの頃は、我等も嫁御様もお互いに警戒や恐れを抱いて暮らしていたが、親方様が影ながら懸け橋となられていた事や、嫁御様のお優しいお声かけ、関わりに我等も、嫁御様もゆっくりと溝を埋めて歩み寄って行った。


この山にも穏やかな時の流れが訪れているなか、親方様は、とある事に頭を悩まされておった。


「嫁御の欲しいものが知りたい」


ご夫婦となられてから、親方様は嫁御様に日々贈り物を我等を通してお届けになっていた。

何しろ、親方様は直接嫁御様をお見かけすると、気が高揚してしまい素直なお気持ちを伝える事が下手くそになってしまうので、贈り物という形でなるべく会わず、お気持ちを伝え様としているからであった。

主に、美しい着物や簪。紅や美味と噂の菓子。色とりどりの花々など多くの物を贈っていらっしゃる。手紙は言わずもがな筆をとってはいらっしゃったが、紙が数千枚無駄になるだけっなっていた。そんな不器用な親方様の贈り物を、嫁御様もひとつ1つ受け取りになっては大切になされていた。が、嫁御様はいつも受けとる際少し困ったような笑顔で受け取りになるのだ。まるで、真に欲しいものは別にあると言う様に。

親方様が嫁御様の様子はどうだったか尋ねられる度に、はぐらかしてはいたが、聡い親方様にはすぐに気づかれてしまっていた。以来、親方様の目下の悩みは、嫁御様の真に欲しいものは何か、であった。


そんな日々を過ごしているなか、麓の村から一人の人間がこの山にやってきた。山に入ってきた時点で人間よりも勘の鋭い我等は、すぐ突撃の来訪者の元へと向かった。男は我等を見るなり腰を抜かした様子だったが、震える声で物を申した。


「妖怪様、お願いがございます。わしらの村から来たおなごを一度帰してやってはくれないでしょうか。おなごの親父が、病で倒れ気が弱っているのです。野盗の事といい、図々しい事かと存じ上げますが、どうかどうか‥」


男は深々と手つき、土に頭を着けた。

我等は失念していた。村の様子を見る、それだけしかしていなかったのだから。

急ぎ、親方様の元へと男を連れ件の事について話をお伝えした。親方様はすぐ、嫁御様をお呼びし事をお話になった。嫁御様は、少し顔を青くさなれたが、親方様の一度帰れ、との言葉に気持ちを直し、お支度をなされ、親方様お供に着けた妖怪を連れ故郷に戻られた。


嫁御様が発たれて、1週間。2週間。3週間。

1ヶ月経たれても帰って来られなかった。

嫁御様の親父様は当の昔に元気になられているのは、こっそり見に行った妖怪から聞いておった。それでも帰って来られない嫁御様に、我等は勿論、親方様が気を弱くなされていた。


「今日もいないのか」

「いつまで待てば良いのだろうか」

「‥やはり、人は人の世が良かったのか」


更に一週間、嫁御様が、戻られない日が続いた頃、親方様がぽつりと言葉をこぼされた。


「嫁御の欲しいものは、きっと故郷だったのだろうな」


嫁御様が戻られたのは、その3日後の事であった。

嫁御様が戻って来た下さったのを知り、我等は嬉しさから浮き足だって盛大に御迎え差し上げた。

嫁御様は、嬉しそうに我等を見つめ、申し訳なさそうに遅くなったことについて詫びなされた。そんな嫁御様を、我等より遅く着いた親方様が目を細めて苦しそうに見つめておられた。


その晩、親方様は、嫁御様を自室にお呼びなされた。


「嫁御、長い間俺の我が儘でここに繋ぎ止め、悪かった。お前は真に優しい。そのお前の気持ちにつけ込んで、こんな化け物と契りを結ばせてしまい申し訳なく思う。もう、十分だ。詫びとして、お前の欲しいもの、何でもいくらでも叶えてやろう」


俯きながらも、普段の親方様と思えず程のはっきりとした真の心の言葉を嫁御様にお伝えになった。嫁御様は、親方様のお言葉が耳に入ると、僅かに目を見開き、そして


「何でも、いくらでもとおっしゃいましたね。欲深い人間の中でも特に私は欲が尽きぬほどでごさいますよ。二言はありますまいね?」


にこりと、目に欲を滲ませて親方様を見つめられたのだ。

親方様も、ゆっくり顔をあげ、嫁御様の目を見て「二言はない」と宣言なされた。


「では‥、共にご飯を食べ、話をし、時には散歩に出掛け四季を楽しみ、同じ寝室で布団を並べ会話をしながら眠って頂ける、私が幼い頃山で迷ってしまったときに助けてくださった頃からお慕いしている旦那様との時間、お言葉、お心。それが私の欲しいものです。」



親方様が、嫁御様を娶られて一年程たった。

親方様は嫁御様の欲しいものを少しずつ叶えてらっしゃった。

欲しいものをお伺いした後、まさかの願いに真っ赤な顔で、ひっくり返った旦那を見たのは後にも先にもあれが初めてであった。

空白の1ヶ月と一週間村で何をしていたのか、恐る恐る親方様が、お尋ねになると、前々から親方様とのご結婚をよく思わない嫁御様の親父様や村の良くしてくれた人間の説得をしていたそうだ。お供の妖怪も、一生懸命村のために働きながら親方様の印象を良いものにしようと奮闘していたようだった。


今はお二人で山の中を手を繋いで散歩に行かれている。景色を楽しみながら、時折顔を見合わせるお二人は、日に日に幸せそうだ。


「なぁ、嫁御。今日は何が欲しい?」

「そうですね‥、耳を貸して頂けますか?」


親方様が、屈んで嫁御様に耳を貸していらっしゃる。口元に手を添えながら、嬉しそうに頬を染め何やら耳打ちする嫁御様の言葉を聞いてか、親方様は、真っ赤に染まって、後ろに転げなさった。






「‥腹にややこを授かったので、撫でて頂けますか?」





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