2話 入居
そうして私とミアはこの国、日本に降り立った。
「これが日本ですか。高い建物がたくさんあって、かなりうるさいですね」
この世界でのミアの第一声はこれだった。
アカネによって飛ばされた、天皇家が住む皇居の近くはビルが立ち並び、クルマがたくさん行き来している。これが日本か。
「さて、日本のことは何も知らないままこの世界に来てしまったわけなんだが、このあとどうしようか」
「イリヤさま、調子はどうですか?」
「そんなに悪くないな。人体ってこんな感じなのか。あ、あと、様付けは今後やめてくれ。ここは天界じゃないんだし、そっちのほうが気楽だ」
「わかりました、イリヤ。じゃあ、とりあえずご飯でも食べませんか?」
「そうしようか。人間は食事というものが必要らしいからな」
私たちはテキトーなところに入ろうとしたのだが
「あれ、私たちお金持ってませんね」
「「…………。」」
「どうしようか……」
さすがに下界の知識は知っている。だが、私たちは天界から出たことがないため当然お金など使ったことはない。天界の住人は食事を必要としないし、服も物も必要ない。人間の信仰によって具現化された我々は人間に信じられた形で生み出されたからだ。
下位の天使たちはよく下界に行き、人間の手伝いをしてはお礼としてカネ、モノ、酒を貰ってくる。そのお金を使って買った珍しいものを見せてもらったこともあったのでお金のことは知っていたのだが……。
完全に忘れていた。
「あ、そういえば『困ったらポリースです』って同僚が言っていました」
「ポリース、日本語だと『ケーサツ』か。日本でも英語は通じるよな、よし聞いてみるか」
日本にも信徒はいるため、日本語はある程度わかる。だがやはり英語のほうが使いやすい。
「Where is the police?(警察はどこ?)」
「え、あ、あの、ポリス、警察、あ、あっちのほう!」
若い子のほうが話せると思って聞いてみたんだが、少女は英語じゃなくて指さしで教えてくれた。え。話せないの?
その後も何度か年代性別変えて聞いてみたが、全員同じ感じだった。6人目にしてやっと警察官のいる交番にたどり着いた。
この警官も話せないのでは。出来るだけ簡単な英語で話しかけることにした。
「I have some questions. (いくつか聞きたいことがあるんだけど)」
するとその警官は何も言わずにバタバタと電話をかけた。
10分後。
「お待たせしました。ご用件はなんでしょう?」
英語の話せる警官が来た。さっきの電話はこの人を呼ぶためのものか。私はやっと話が通じると思って、単刀直入に聞いた。
「お金ってどうやって手に入れるんだ?」
「は?」
警官はポカーンとしたあと、疑念に満ちた目でこう言った。
「あんたたち、どうやって日本に来たんだ?」
私は答えに詰まった。まさか「天界から来ました神です」なんて言えない。どうしたものか。あと、ここ日本で合ってて良かった。まあみんな日本語話してたから大丈夫だとは思ってたけど。看板は英語やらフランス語やら色々あったが。
「パスポートとか、身分を証明できるものを持ってないのなら署まで来てもらうことになるけど」
だんだんと警官の口調が優しいものから怖いものに変わりつつあった。ヤバイ。身分証なんてないわ。
(ミア、どうする)
(眠らせて頭の中覗いちゃえばいいんじゃないですか?)
(いや、ダメだろ)
(でも、これ捕まっちゃいますよ)
(今回は仕方ないか)
ということで最初にいた警官と尋問していた警官両方とも眠らせ、情報を頂いた。
この国には「戸籍」というものがないと外国人として見做され、様々な恩恵を得ることができないらしい。お金を稼ぐ手段である労働もそのひとつだそうだ。
「私たちは日本人、として登録されるのが一番便利そうですね。あと、年齢は成人している20歳、性別は女の方が何かと便利そうです」
「あの警官たちが男だったからかもしれないが、確かに女の方がいいかもしれないな。ミアはもともと女性形だし、私は中性に作られてるが、あの警官による分類だと女だろうな」
この世界の人間は天使は女性、と思っているらしい。昔は男性の方が多かったのだが。
「あの人の女性に対するイメージは最悪でしたけどね。吐き気がしました。私に対しても向けていたみたいですし」
「それはどの国でも一緒だろう」
私たちは戸籍を作るためには住所が必要とのことで不動産屋に来たのだが
「身分証をお出しください」
マジか。戸籍作るために住所が必要で、家を借りるためには戸籍が必要。うん、詰んだな。
(やっちまいますか?)
(やっちまいましょう)
ということで不動産屋さんを撃破し、戸籍も無事作成に成功した。戸籍上は20年前からこの世界にいることになっている。
「じゃあ、借りた家に行きますか」
家は皇居から少し離れたところに借りた。さすがに今は一文無しなので、家賃をできるだけ抑えた結果だ。それでもバストイレ別だけはミアが譲らなかった。ミアは風呂もトイレも要らんじゃろ。
家賃は少し待ってもらうことにしたが、一文無しの私たちは歩いて家にむかうことにした。
「「お、おおぅ、、、」」
それはそれはボロボロのアパートのひと部屋で、今にも崩れそうだ。
「とりあえず生き延びるためには稼ぐしかねーな」
「そうですね。家賃とイリヤの食費を稼がねば」
「まずはあの警官の記憶にあった、『日雇いバイト』なるものに行ってみようか」
日雇いバイトは、誰でもできてその日にお金がもらえるらしいが、肉体労働が多くキツイらしい。人間の感覚を掴むにはちょうどいいかもしれない。ミアは余裕だと思うが。
「そうですね、さっき歩いてる時に貰ったタウン◯ークで探しましょう」
そうして私たちの日本での生活が始まった。