レネの冒険
練習用に書きました。思い入れのなさも、タイトルに現れていると思います。
後悔はしていないが、少年レネは参っていた。
田舎の村から出て来て、ようやく街に着き、憧れの冒険者になるためギルドに登録した。しかし、そこでの発言がまずかった。
「俺、ウリセスさんっていう魔法使いに憧れて、ここまで来たんです」
そう言った途端、周りがシンと嘘の様に静かになった後、ざわつきが始まった。何が起こったのかわからないレネに、受付のお姉さんピリは小声で教える。
「実は……ウリセスという冒険者は、指名手配犯でして……」
なんと、憧れのウリセスさんは、ここ、ニルカートン王国から指名手配が出ていたのである。
「罪状は曖昧なのですが、とにかく国が追っている重要人物として、ギルドからも報奨金が出ております」
そう言ってピリは、ウリセスの顔が描かれている紙を差し出した。そこには、重要犯罪人ウリセス、捕まえたら金貨百枚と書いてある。……それもらったら何年遊んで暮らせるんだろうと思うくらいの金額だ。
「今後、発言に気をつけてくださいね。この街で仲間を作るのは諦めた方が良いでしょう」
「え……」
そう言ってレネは辺りを見渡すと、皆、レネを無視した。
ウリセスは、たまたまレネの村に立ち寄った魔法使いだった。ストレートな銀髪に碧眼の、端正な顔を持つ好青年。しかも、大型の魔獣三体を魔法一発で倒してしまうほど、強い人。それに襲われそうになったレネが憧れもする。
そう言うレネは、ストレートの茶髪に茶の瞳。ぱっとしないそばかす顔。線が細い身体で頼り甲斐もなさそうな、平凡な人間だった。
ウリセスが村を去った後、自分に少しでも魔法が使える事がわかり、いつかウリセスがいたパーティーに入る事を目標に頑張って来たのに……こんな事って……と心の中で嘆いた。
こんな経緯があり、現在ソロの魔法使いとして活動していたレネは、街の雑用や薬草採取、一人でも討伐可能なクエストを選んで、冒険者活動をしていた。
「あ・レネさん。薬草集まりましたか?」
「はい。たまたま群生地を見つけまして」
「わぁ! こんなに!! 助かります!!」
目を輝かせた受付のピリは、銀貨百枚をレネに渡した。
「こんなに良いんですか?」
「最近品薄気味だったから、僥倖でした。ちゃんと適正価格ですから安心してください」
「じゃあ、ありがたく……」
「あ・待ってください、レネさん」
「なんでしょう?」
「興味があったらで良いのですが……」
実は現在、ドラゴン討伐のクエストを募っていると言う。
「ドラゴン!? 無理ですよ~。俺、やっとEに上がったばかりなのに……」
冒険者の階級は、下からF・E・D・C・B・A・Sランクとなっている。レネは下から二番目のEランク。本来ドラゴン討伐には参加出来ないランクなのである。普通最低でもCは必要だ。
「実は、後方支援が不足しておりまして……レネさんは治療と回復が出来ましたよね? 僅かでも良いので欲しいのです。受けてくださいませんか?」
「うっ……迷惑でないなら」
「では、受けてくださるのですね! ありがとうございます」
クエスト受注されてしまい、もう後に引けなくなってしまった。
渋々集合場所へ向かうと、早速睨まれた。
「あ? どうしてEランクの奴がここに……」
「後方支援が足りないんだってよ」
「あぁ……そう言う事か」
せせら笑う声がレネにまとわりつく。
この場に集まったのは、四組十名。以上のメンバーで、ドラゴン討伐に出発した。
「ねぇ! もしかして……あれ?」
弓使いの女性が指差した方角を見ると、山の頂上付近に今まで見た事がないほど、大きなドラゴンがたたずんでいた。
「あれか!? ……普通のドラゴンじゃないだろう、あれ……」
「多分エンシェントドラゴンだ……」
エンシェントドラゴンとは、古の竜という意味だ。他のドラゴンより遥かに長い時を生き、ドラゴンの王者とも言われる種族だった。
「見つかったら一溜まりもないぞ」
「これSランクだろ? ……やばい! 見つかった」
ドラゴンがこちらをじっと見つめている。その場に居た皆が固まり、ゴクリと誰かの喉がなった。その瞬間、ドラゴンが物凄い速さでこちらに来た。空に留まったままこちらを見て、口を開いた。
『何の用だ?』
「あ……あの……」
威厳のある女の声が響く。それに応えようとレネが口を開いた途端に、レネ以外の者達は一目散に逃げて行ってしまった。
「えー!?」
『何だ? 怖気付いたのか?』
「……その様ですね」
『……お前はまともな様だな。我はここで子育てをしていただけだ。人間を襲う気はない』
「そうなんですね」
『今日辺り、ここを去ろうとしていた所だ』
「実は……」
ドラゴン討伐に来た事を伝えると、ため息をつかれてしまった。
『そなたら程度の人間に我に勝てる訳がなかろう』
「ですよね~」
『ふむ。……にしても面白い。普通、我と対等に話そうとする者など居ないぞ』
「そうなんですか?」
『……そなた、召喚スキルも持っておるな?』
「え……あったかな?」
『資質はあるぞ。魔法使いの方が若干強い様だが……』
「あ……」
思い当たる事があった。何の資質が強いかは冒険者ギルドで測ってもらえるのだが、一番強いものしか教えてくれなかったのだ。理由はお金がないから。
『そなたなら、我は契約するぞ。どうだ? して見ぬか?』
「え……呼び出せるんですか? ただ……契約方法を知らなくて……」
『我の額の石に触れ。触れながら名前をつけるのだ』
エンシェントドラゴンは地上に降り、こうべを垂れて、石に触れやすい体勢になった。レネはその石に触り、口を開いた。
「アルビナ」
パァっと辺りが光り輝き、神聖な空気に包まれたと思ったら、すぐにその光は消えてしまった。
『これで我はアルビナだ。よろしく、レネ』
「え? 何で俺の名前……」
『契約した者の事は分かるのだよ。我と繋がったのだから。我の名を魔力を込めて呼べば召喚出来る。何かあったら呼ぶがいい。では、私はこの地を離れよう。子どもらも巣立ちの時だ。好きな場所へ飛ぶが良い』
『『『『『キュー!!!!!』』』』』
アルビナと五匹の子ども達は、全員方向が違う方へと飛んで行ってしまった。
レネは冒険者ギルドへ報告のため帰ると、皆に険しい目で見られてしまった。すると、ドラゴン討伐のリーダー格のホエルがレネの胸ぐらを掴んだ。
「お前死んだんじゃなかったのかよ!!」
「い……生ぎでます!!」
「もう、報告しちゃったんだよ。どうして戻ってくるんだよ!!」
「……皆様、お待たせ……えぇ!? レネさん!! よかった~!!」
受付のピリがこちらに気づき、寄って来てくれた。
「何、胸ぐら掴んでるんですか!! 離してください!!」
「……ちっ!」
そう言ってホエルはレネを床に叩きつける様に離した。
「レネさん!!」
ピリがレネの上半身を起こしてくれた。
「だ……大丈夫だから」
「でも……」
「おい。それで報酬の事だが……」
「無効です」
「あ?」
「虚偽報告は罪になります。そしてレネさんが囮になって、皆が逃げ出した事がこれで確認が取れました。重大な規約違反です」
「はぁ? 俺らが仕方なく行ってやったのに、何なんだよそれ……」
「……そもそも、依頼は達成していないではないですか。ギルド長に相談した結果、レネさん以外の方の報奨金は出ないとの事です」
「ふざけんなよ!! 俺らかなり危ない橋渡ったんだぜ? なぁ?」
そうだそうだと野次が飛んだ。
事情が分からないレネはただオロオロするだけだった。
「うるさい!! 黙れ」
皆、階段を降りて来た男に注目した。
「ギルド長……」
「レネと言ったか? 詳細を聞きたい。ここで話してくれないか?」
そう言われ、レネは全てを説明した。
「……お前ら……」
呆れた目で見るギルド長に、討伐隊の面々は視線を泳がせる。
「にしても、本当なのかよ!? ドラゴンと契約したって! それこそ、虚偽報告じゃないのか?」
「……分かった。なら、これで決めよう」
ギルド長が持って来たのは、天秤だった。
「これは真実の天秤と言って、傾きでどちらが本当の事を言っているかが分かるものだ。下に下がればそいつが真実を言っているという事。ホエル、レネ。こっちに来い」
呼ばれてくると、それぞれの天秤に置いてあった石を二人に触らせた。
「ホエルが左、レネは右だ。真実の天秤よ。真実を言っているのはどちらだ?」
天秤はゆっくりと傾き、左が上を向き、右が下に下がった。
その結果に、討伐隊の面々は唖然とする。
「レネが真実を言っている様だが……ホエル?」
「……嘘だ!! じゃあ! その契約したっていう、ドラゴンを出してみろよ!!」
「そ……そうよ!! その天秤がポンコツの可能性だってあるじゃない!!」
「あぁ!? この天秤は希少なマジックアイテムだぞ!! その品を愚弄するというのか、お前らは!!」
「ドラゴンと契約した方が嘘だろう?」
「そうだそうだ!!」
討伐隊はそれでも納得しないのを見て、ギルド長は頭を抱えた。
「レネ。召喚する事は可能か?」
「はい。ただ、召喚するの初めて何で、来てくれるかは……」
「分かった。俺が周辺にドラゴンの召喚について連絡する。それが整ったら召喚してもらう。……それで文句ないな?」
渋々討伐隊の面々がうなずき、ギルド長は話を続けた。
「もし、召喚に成功し、彼のドラゴンであると証明されれば、お前らには厳罰が待っている。覚悟しておけ」
それを聞いて、皆、顔色が青くなってしまった。
一旦解散し、それぞれ宿屋に戻ろうと、ギルドを出ようとすると、レネはギルド長に呼び止められた。
「レネ。お前さんには話がある」
「……何でしょう?」
数日後。
街から少し離れた草原で、召喚が行われることになった。
ギャラリーもいて、何名かは確実に貴族と思われる人までいた。
「さぁ、レネ。召喚してもらおうか」
「はい」
レネは魔力を込めて叫んだ。
「アルビナ!!」
すると、空から何かがこちらへ向かっているのを魔力を持って感じた。
「来た! あれ……」
誰かが指差した先にいたのは、真っ白な規格外の大きさのドラゴンだった。
『呼んだか? レネ』
「……本当に召喚しやがった……」
討伐団の面々はそのありえない光景に唖然とし、固まっていた。
「うん。もう、この国を離れようと思ってね」
レネは笑顔でそういうと、貴族達がそれに待ったをかけた。
「おい! 君!! 私の領に来ないか? うちに来れば衣食住はもちろん、何でも買ってやれるぞ!」
「いや! 王に報告すべきだ」
「ぜひ、国賓として……」
「嫌です」
そう言って、レネは自分の身体を浮かせ、空で留まっていたアルビナの元へと向かう。
今度は皆、それに驚いた。自分の身体を浮かせるくらいの魔力など、普通はないからだ。
「おい……俺ら、まずい奴を敵に回しちまったんじゃ……」
「やばいだろ、あれ」
軽々とそれをやってのけたレネは、アルビナの背にたどり着いた。
「では、これで証明されたという事で、俺はこの国を離れます。じゃ!」
その言葉にどよめきが起こった後、アルビナと呼ばれたドラゴンは、西の方へと飛んで行った。
空を見上げるギルドマスターは、人知れず小さく微笑んだ。
レネを呼び止めた後、ギルドマスターはレネが国に囲われる可能性を指摘した。
「ああ言わなきゃ、皆が納得出来ない状況だったからな。すまなかった」
「いいえ! ですが、そんなに凄いことなのですか?」
「あまりドラゴンと契約出来た例は少ないんだ。そんな奴は、伝説の人物くらいだよ」
「そんなに……」
「でだ。絶対貴族連中も来て、国に囲いたがる。今、このニルカートン王国は、魔族と対立しているのは知ってるな?」
「はい」
魔族という、人間以外の人物を指す種族は、人族に住んでいた場所を追われ、西の端の方へと移動したらしい。そんな魔族を滅ぼそうと人間達は躍起になっており、特にこのニルカートン王国の王はそれに御執心という。
「戦力は全て王の元へという貴族も多い。今回の事で、レネは目をつけられたと言ってもいいんだろう」
「俺、魔族と戦う気はありません! 昔……お世話になった事があったんです」
レネは、ウリセスが村に来た時、一緒にいたエルフの女性を思い出した。妖精使いで、妖精と一緒に歌を披露してくれた事や、遊んだ事、妖精に力を借りて魔獣達から守ってくれた事もあった。
「今は十年前とは違う。皆、魔族を恨むようになっちまった。何をやっても魔族の仕業とか……呆れるね」
「ギルドマスターは信じていないんですか?」
「当然だ。俺が冒険者だった頃も、魔族の仲間がいた。今は皆、西の端に行っているよ。……レネ。ドラゴンを無事召喚出来たら、それに乗って、他国へ行け。この国にはもう、戻らない方が良い」
「え……でも、俺の村が……」
「俺が何とかする。だから行け」
「……信じますよ、ギルドマスター」
「あぁ。任せろ」
そんなやり取りがあった事をレネもアルビナの背に乗りながら思い出していた。
「良い人だったなぁ、ギルドマスター」
『良い奴に出会えてよかったな。レネ』
「うん。ところで、魔族に寛容な国って知ってる? アルビナ」
『うむ、ここから北西に行った山に、魔族とも交流がある国があったはずだ。とりあえずそこへ行ってみるか?』
「そうだね。行こう!」
『にしても、お主には驚かせられる。まさか浮く事が出来るとは……』
「これくらい誰でも出来るよ? 俺の村では誰でも出来たし」
『何と!! ……恐ろしい村だな』
レネが去った後、ギルドマスターは冒険者ギルドを辞めたという。国は、レネを国外へ逃がしたとして、レネの住んでいた村を消そうと、兵士達が村へ乗り込んだ。しかし、村人はおろか、飼育されていたであろう動物達も忽然と居なくなっていた。
とりあえず兵士達はその村を焼却処分したという。村人の行方は不明。どこへ行ったかは、まだ明らかになっていない。
とある国の冒険者ギルドでは、一人の男の旅立ちに悲しんでいる受付の男がいた。
「レネさん! もう、ここを去るって本当ですか?」
「はい。探している人がいるので」
「そうですか……あ・未読のメッセージが届いていますよ」
「え?」
ギルドカードを受け取りメッセージを読むと、嬉しそうな顔になった。
「良い事が書いてあったのですか?」
「はい! とっても!!」
慌てた様子でギルドを出て、レネはアルビナを呼び出した。
『今日はどこへ行くんだ?』
「以前お世話になった人の所。そこに俺の村の人達が居るんだって。あと、憧れの人の消息がわかったってさ」
『それは僥倖だな。……それはそうと、そろそろ私は交尾の時期に入る。運び終わったら、しばらく呼んでも来られない』
「どれくらい?」
『二ヶ月といったところか?』
「わかった。頑張ってね」
『よし、行くぞ!』
巨大で白いドラゴンは、大空に向かって羽ばたいた。
とある村の畑では、一人の男が土を耕していた。
銀髪の髪に、涼やかな碧眼の精悍な男だった。そこに、エルフの女性が駆け寄った。
「ウリセス!」
「どうしました?」
「北の山に、ドラゴンが来たんですって」
「ドラゴン? たまにあるじゃないですか」
「それが、エンシェントドラゴンで、背中に人族の少年を乗せていたらしいのよ」
「えぇ? それは……凄いですね」
「しかも、その子。あなたを探しているらしいのよ」
「私を?」
「えぇ、名前はレネ」
「……あぁ!! あの」
「ね! あの!!」
「それは……楽しみですねぇ」
嬉しそうに男は穏やかな笑みを浮かべる。
「びっくりしてるんじゃない? あなたが指名手配犯なんて」
「それはあの国の王が私を囲おうとしたから……」
「迷惑な話よね」
「それにしても……時が経つのは早いですね」
二人は少し笑いあって、真っ青な空を見上げた。
ここまで読んで頂きありがとうございました。