転移
部屋の一室、一人の若い少年がパソコンの前で対峙していた。
彼は、画面だけをただ一点に見つめ、画面の向こう側にいる相手と戦う。
やがて、戦いは終息を迎える。
「よしっ!」
画面に映るは大きく書かれたWinの青文字、それを祝福するように、紙吹雪が画面全体で舞う。
ガッツポーズを取り独り言をつぶやく。
「これで四十九連勝。次は絶対に負けられないな」
そう言いつつ、画面右端にある吹き出しのマークをクリックする。すると、書き込めるスペースといくつかの定例文が現れた。
相手に言葉を送る機能、チャット。それを使い、定例文の一つに登録してあるメッセージ送った。
『ありがとうございました』
『ありがとうございました』
相手のプレイヤーもそれに応え、同じ返答をする。
「ふぃー」
一息つき、いつの間にか画面に出ている『再戦』『戻る』の文字から後者を選び、メインメニューへ戻った。
彼が遊んでいたのは、オンラインバーチャルカードゲーム『キングダム』。本来は、人同士が面と向かってやる卓上のゲームだったが、人気の高さ、魅力的なキャラがウケて、オンライン化。更に、持っているカードのコードを打ち込めば、リアルのデッキでも参加できる所も特徴の一つである。
「ん?」
彼は、ふと左上の封筒のマークが光っている事に気づいて、そこをクリックする。
「メール?」
自分宛てに直接届いたメールを確認するとこう書かれた。
『突然のメール、申し訳ございません。フレンドではないことを承知の上ですが、私と勝負してくれないでしょうか? 以下が私のデッキとランクです』
「対戦の誘いか……」
メールの以下の部分、デッキとランクを見て、顎に手を当てて考える。
「ランク九十三に神族デッキか……さっきの試合で九十二に上がったし、これは最高だ!」
それからは、何の迷いも無くメールを返信した。
『分かりました、そちらの都合のよい時間でしたら、是非やりましょう』
「では今から、始めましょう!」
バンッ!
何処からか美声が聞こえたかと思うと、その主であろう女性が勢いよくドアを開けて部屋に入って来る。
「だ、誰だ⁉ どっから入った⁉」
彼の言葉を無視して女性は笑顔で金色の長い髪と白いドレス内の胸を揺らしつつズカズカと近づき、パソコンを覗き込む。
「プレイヤーネーム、若き新兵……最初の名前から一切変えてないのね……」
「何か思いつかなくて……いや、貴方は一体……?」
「何って……メールの主よ?」
「だとしても、いきなり来て家に上がってくるなんて、可笑しい!」
女性は鼻歌を歌いながら、彼とパソコンから離れ、今度は部屋の物色を始める。
「貴方は……自分の腕に自信はある?」
「こっちの話を……!」
「質問に答えて頂戴」
「……勿論ある」
女性の突然放って来た圧に耐え切れず大人しく答えた。彼女は若者に振り返りまた、質問を投げかける。
「……貴方は、頭より先に体が動くタイプ?」
「違うと思う」
「知力、体力、時の運に自信は?」
「体力は大丈夫、頭は人並み? 運は……分からない」
「そう」
それだけを聞くと、女性は再びを物色を始めた。
「それにしても、親御様がいなくて丁度良かったわ。おかげで直ぐに出来るんだから……お仕事?」
「まぁ、共働きですからね」
「何かあると思ったけど……目ぼしい物は無いわね……」
「いやいい加減、人の部屋を漁るのは止めて欲しいんですが」
「そうね、そろそろ本題に入りましょうか」
女性は部屋の真ん中にある小さな折り畳みテーブルの前に正座をする。
そして、
「……四条捲君。自称、天才カードゲームプレイヤー。その腕前、私にも見せてくれないかしら?」
女性は懐からカードデッキを取り出すと、彼の前でチラつかせる。
「申し訳ございませんが、貴方の様な得体の知れない人と遊ぶほどのお人好しではありませんので、お引き取り下さい」
断りを入れると、女性はニヤつきながら挑発的に口を開く。
「逃げるんだ? そんなんだと不戦敗で四十九連勝で止まるよ?」
「何?」
彼女の煽りに乗り耳を貸す。
「……天才だったらどんなゲームにも乗って、勝利を奪っていく物じゃないかしら?」
「……いいですよ」
「さぁ、勝ち取ってみなさい! 五十勝目を!」
パソコンの脇に置かれたカードの束を掴むと、捲もまた彼女と対峙するように座り、手にしているデッキをテーブル上に広げた。
「よろしくお願いします」
「真面目ね、よろしくお願いします」
互いに頭を下げてお辞儀をすると、カードを何枚か引いて手札に加え入れる。
たった今、戦いが始まったのだ。
謎の女と自称天才、その戦いは激しかった。裏の裏を掻き、時には無策、時には小賢しく、隙を見せたら負けと言っても過言では無い程の卓上での戦争が繰り広げられ、その激戦を制したのは。
「……参りました」
女性が手札を静かに置いて降伏を宣言する。
「こちらも、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
互いに敬意を表して頭を下げた。
「では、そろそろ教えて下さい。貴方の事を」
「そうね」
女性はゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てて開口する。
「では、改めて……私はヴァルキューレ」
「ヴァルキューレ……」
「私は、貴方を戦士として呼びに来ました」