殿
お昼の営業も一段落したので、王都の料理人とやらをポチに運ばせて男爵様の家に向かう。
「殿、こんなものを運んでどうするんです?」
「男爵様に裁いてもらうのさ。 ここは男爵様の領土だからな、旅人の俺なんかよりもしっかりした裁きが下るだろうよ」
ん?
「なあポチ。 お前いつから殿って呼び始めたんだ? 前は主殿って言ってた気がするけど…」
「最近でござる! 急な襲撃でお声をかける時に、主殿では長すぎて反応が遅れると考えたのでござる」
「なるほど、それで二文字に絞って殿にしたわけか。 俺のために考えてくれたんだな、ありがとう」
最初は気持ち悪い虫というイメージがあったが、今の見た目は犬だ。
可愛い可愛いマルチーズなのだ。
これだけ尽くしてくれているのに嫌いになるわけが無い。
これからはもう少し優しくしてあげよう。
なんて考えていると、既に男爵家の目の前だった。
「こんにちは、男爵様はご在宅ですか?」
衛兵さんに声をかけて、在宅確認をする。
「これはこれは! ようこそおいでくださいました! 旦那様はいらっしゃいますが、本日はどの様なご用件でしょうか?」
顔見知りなので気軽に話してくれる。
「実はこの男性が…」
衛兵さんに事情を説明し、昼にあったことをざらっと話した。
「王都の料理人が帝都で、ですか…。 それは問題ですね。 確かにこれは旦那様に伝えるべき案件ですね」
ちょっと待っていてください、と言われたのでちょっと待った。
「おお、今朝ぶりだな。 料理も美味いし、映画とやらも面白かったぞ! 昼に見に行けないのが非常に悔しかったのだ…」
「それはなんというか…。 お仕事お疲れ様です。 そんなお疲れのところ申し訳ないのですが…」
「よいよい、話は聞いている。 こやつは我が家の地下牢に放り込んでおこう。 どうなるかはサンメーラの返事次第だがな」
男爵様は悪い顔でニヤリと笑った。
「ええ、お任せします。 俺は商売の邪魔をされなければそれでいいので。 ああそうだ、これはお土産です。 今日の昼に販売した物ですが、お昼は既にとっていましたか?」
「いや、丁度良い。 つい今しがたまで仕事付けでな、いいタイミングで持ってきてくれた。 ありがとう」
喜んでもらえたようだ。
「いえいえ、こちらもお世話になっていますから。 衛兵の彼と一緒に食べてください」
そう言って冷やし中華を二皿だし、一皿づつ手渡した。
「私にも良いのですか?」
衛兵さんが聞いてきたが、悪いはずがない。
「当然ですよ。 暑い中頑張っているんです、これくらい食したところで罰は当たりませんよ。 そうですよね?」
と、俺は男爵様に話を振る。
「そうだな、一緒に食べよう。 しかし、外もだいぶ暑くなってきたな…。 よし! 明日からは一定時間ごとに冷たい飲み物を持ってこさせよう!」
おお! さすが心優しい男爵様だ!
「それでは夕方の仕込みもあるので俺はこの辺で。 夕方も面白い映画を上映しますので、仕事の休憩も含めて是非いらしてください」
そう言うと振り返り、広場へ歩き出した。
背後から、絶対に観にいきますと声が掛かったのは少し嬉しかった。




