スティッキー
「またせたな! ほら…ってなんだそれ?」
「俺も気にはなっていたんだ、これは何だ?」
ラウトさんとカイルが自転車を指差して聞いてきた。
「これは自転車っていう乗り物です。 ここに座ってここを掴んで、あとはこのペダルを回せば…」
実演しながら説明し、そのまま二人の周囲をぐるりと周ってから降りた。
「ほー、よく出来てるな。 中央にはこんなものもあるのか」
っと、カイルさん。
「ああ、いえ。 これはちょっと特殊なものでして、まだ僕しか持っていないと思います」
中央がどんなところかはしらないが、とりあえず二人の反応から適当に答えておく。
「いいもの見せてもらったぜ。 ほら、冷める前に喰っちまえ」
ラウトさんは自転車を見てから、手にした笊のような物を手渡してきた。
「あ、おいしい」
見た目はアスパラガスだが、味はまるで違う。
決してアスパラガスが不味いわけではない。
アスパラガスも美味しいのだが、それとは全く違う味なのだ。
塩湯でされたのか、シャキリとした食感に微かに感じられる塩味。
それでいて、野菜そのものの持つ青臭さが後から薄っすらと追いかけてくる。
そして、おそらく野菜そのものの味がコーンに近く
それら全てを包み込んでいてとても美味しい。
「初めて食べたけど、これすっごく美味しいです!!」
「ははっ! それだけ喜んでもらえるのなら食わせたかいがあるぜ!」
生産者であるラウトさんはすっごく嬉しそうだ。
きっと、元の世界でもそうなのだろう。
何気なく食べる野菜の一つ一つが、丁寧に育てられていたのだろう。
そして、採れたてのそれらは普段食べている味ではなく
もっと美味しかったに違いない。
「ちょっともったいないことしてたかな」
技術がはるかに進んだ世界で、住み慣れた世界で
たった一つだけでも遣り残したことが見つかってしまった。
気にしないようにしていたが、それだけで物凄く後悔することになった。
「どうしたよ、遠慮なんかしねーで食えよ。 な?」
少しだけ表情に出ていたのだろう。
俺もこちらに来てしまった以上、あちらで出来なかったことや
こちらでしか出来ないことは、好き勝手やってみようと決意した。
ホームシックにかかってないと言えば嘘になるが、今は美味しいものを食べるときだ。
「ラウトさん、これすっごく美味しいです!!」
どんな顔をしているのだろう。
鏡などないので、確認する術はないが
出来る限りの、精一杯の笑顔でラウトさんに告げた。
「ははっ! 泣くほどに美味いってか? おい! 鼻水まで一緒に食うんじゃねー!」
台無しである。