黒字
すき焼のしめは、おじやかうどんと相場は決まっている。
卵かけご飯を食べたので、今回は鍋の残りにうどんを入れた。
「すき焼は、この三回の食事で完結する物だ。 俺の中では、だけどな」
「納得で御座る。 味付けは変わっていないはずなのに、それぞれ違う味に感じるのが不思議で御座る」
「さ、先に人参だけ茹でておこうか。 ポチ、少しここを頼んでもいいか?」
「勿論でござる! 殿はお出かけで御座るか?」
「ああ、ちょっと男爵様のところへな。 広場を貸しきりたくてさ」
そう言って、手をあげながら部屋を出た。
男爵家には、然程時間もかからずに辿り着いた。
「衛兵さんこんにちは」
「おや、店主さん。 こんにちは、どの様な御用でしょうか?」
「今夜の営業で売る物の都合で少しお話がありまして…。 広場を貸しきって、柵を敷きたいんですよ」
「なるほど…。 その様なお話であれば、私に言っていただければ大丈夫です。 店主さんからの希望は、出来る限り通すように言われておりますので」
「本当ですか! それは助かります。 一箇所だけ残して柵で覆って、開いた部分で出入り口を作ろうと思っていたのです。 そうすれば、入ってくる時に料金を頂くだけで済みますからね」
「ふむ、そういうことであれば…。 よし、私の部下を出入り口で見張らせましょう」
「おお! 助かります! それでしたら、出口で食材を持ち出す人がいないかを見ていてほしいのですが…」
「ええ、構いませんよ。 私も男爵様も遊びに行きますので、追加で御用があればそのときにでも伝えてください」
「はい! お願いします!」
少々手間が省けたので、取寄せた柵で広場を覆ってから宿に戻った。
「ただいま、ポチ。 人参は茹で終わったか?」
「はい! 終わったで御座る!」
「助かったよ。 それじゃ、広場に向かおうか」
ポチを連れて広場に向かうと、衛兵さんの部下の方達が警備をしていた。
「こんにちは、今回はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、衛兵さんの部下の方達も頭を下げる。
出入り口用のゲートと、カウンターを設置し
広場の中には、数箇所にすき焼鍋を設置していく。
鍋の周りには牛ロース以外のものを、トレイに盛り付けて一緒においておく。
「殿、お肉は置いておかないのでござるか?」
「ああ、肉はメインだ。 先に入った人が全て食べてしまうと、後に入ってくる人が損をしてしまうだろ? だからな、入場のときに一人分の肉を渡すんだ」
「そういうことでござったか。 確かに、あのお肉だとすぐに無くなってしまうでござる」
「はは、そうだな。 今回は儲けよりも、楽しんで貰う事を目的にしている。 明日にはここを発つんだ、世話になった感謝の気持ちとして儲けは度外視なんだ」
ふむふむ、とポチが頷いている。
「よし、そろそろ始めようか。 入場は、映画が終わるまでの間にお願いします。 それ以降は柵を外しますので、ご自由に楽しんでください」
設置してある鍋とコンロは、男爵様にそのまま寄付するという事にしてある。
なんてことはない、片付けが面倒だったのだ。
そういえば、新しいDVDを買うのを忘れていた。
じっくり選ぶ時間も無く、適当に購入したそれは
夏季休暇で暇を持余していたときに、何度か観たDVDだった。
空手を極めるために、寿司を握る映画である。
「これか…。 うーん…」
「殿、どうしたでござるか?」
「いやー、ちょっとな。 すき焼だけじゃなくて、パック寿司もつけようと思ってさ」
恐らく収支はマイナスに伸びてしまうが、儲けを度外視にする宣言しているし
マイナスに伸びたところで、圧倒的な黒字を叩き出していたので痛くも無い。
勿論、瓶ビールの提供も忘れずに。




