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彼の夢は未だ覚めず  作者: すらいむれべるいち
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ご馳走

挨拶回りも終わり、夕方の営業まで時間が余っていたので


一度、宿に戻って食材を取寄せることにした。


取寄せる食材は、椎茸・白ネギ・エノキ・糸こんにゃく・白菜・焼豆腐・春菊・人参


そして、メインの薄切りの牛ロースだ。


そう、今夜販売する物はすき焼だ。


牛脂と割り下も購入し、追加の調理酒も買い足しておいた。


「殿、こんなに買ってどうするのです?」


「これは全て鍋に入れるんだ。 それにこのタレを入れて煮ると美味いんだ。 まだ時間もあるし、少しだけ食べてみるか?」


「是非!」


ポチには色々と動いてもらっているが、労ってやったことはあまりない。


丁度いい機会なので、ポチにも食べさせてあげることにした。


カセットコンロの上に、浅い鍋を置き


火の通り難い人参だけを、先に茹でておく。


再度鍋を置いて加熱し


鍋が温まったら、牛脂をひいてから牛ロースとネギを入れる。


そこに割り下を注いで、調理酒を少し足す。


椎茸・エノキ・白菜・人参を投入して、食材に火が通ったのを確認してから


糸こんにゃく・焼豆腐・春菊を投入した。


すき焼は各家庭によって、味付けや材料が変わるため


馴染みの深いと思われる材料だけを選んでいるのが今回のポイントだ。


少し煮詰まってきたところで、火を少し弱めて


調理酒を再度足してから鍋に蓋を被せる。


「あ!」


「どうしたで御座るか?」


危ない危ない、すっかり忘れるところだった。


溶き卵という、すき焼を食べる際に無くてはならない肝心な物を忘れていたのだ。


「そろそろいいか」


人参を一つ取って味見をすると、しっかり味がしみていた。


「いい匂いでござる!」


「今よそってやるからな。 ちょっと待ってろ」


溶き卵に潜らせた物を、犬用の皿に盛ってやった。


「ほら、食べていいぞ」


「いただくで御座る!」


嬉々として器に走り寄り、盛られたものを小さな口で食べ始めた。


「殿! これは美味しいでござる! 甘くてしょっぱいのに美味しいでござる!」


「まだまだあるぞ、どんどん食べろ」


俺も自分の皿に盛って食べている。


そして、ついに鍋の具材が無くなった。


「美味しかったで御座る!」


「そうだな。 だけどな、ポチ。 すき焼はまだ終わっていないぞ?」


レンジでティーンとした白米をポーチから取り出すと、ポチの皿に盛った。


「お米で御座るか?」


「ああ、この白米にこれをかけるんだ」


くいっと、手に持って見せたのは


先程まで具材をつけていた溶き卵だった。


割り下の味が混ざったそれは、トロトロと白米にかかっていく。


「遠慮はいらん、すき焼は一度や二度では終わらないからな」


「殿! こっちも美味しいでござる! すき焼とは素晴らしい物なのですね!」


「俺の住んでいた所では、ご馳走といえばすき焼だからな。 他にもご馳走と呼ばれる物は多くあるが、すき焼が嫌いという人はあまり居なかったな」


「これに並ぶ物がまだまだあるのですか!? 凄いでござる…」


「そうだな、俺もそう思う。 随分と恵まれた環境で暮らしていたのだと実感したよ」


取り寄せが使えるようになってからは不便な事も減ったが


元の世界は本当に便利な物で溢れていた。


「怠惰な生活か…」


「どうしたでござるか?」


「いや、なんでもない」


飛ばされてきたばかりの頃は、今まで築いてきたものが全て壊されたと悲観したりもしたが


好きな時に好きな様に働き、遊びたいときに遊ぶ。


そんな今の暮らしも悪くは無いのかもしれない。





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